YUKIO流ラブソング「わかってたまるか」

自分の唄はラブソングだと思っている。恋人への愛、家族への愛、生き物への愛、友達への愛、そして地球への愛。(笑)誰が何と言おうと愛が溢れてる。

愛のない生活は退屈だ。しかし一方で愛し、愛されないといけないので努力も怠ることはできない。生きるということは大変なのです。

私の唄の中にも「愛してる」というそのものズバリの曲がある一方で、「わかってたまるか」という全面否定の曲があったりもして今回はその「わかってたまるか」の紹介をしたいと思います。

「わかってたまるか」・・・自分で自分の唄をラブソングだと主張しておきながら、実は自分では唄はラブソングに限らず何を唄ってもいいと考えていて、”キミたちは満員電車に乗って死んでいけ。”とか”面白くねえ、面白くねえ、世の中どうかしちまってる!”とか過激な歌詞をつけて唄ってたりもします。

世の中のヒット曲のほとんどが恋人へのラブソングなのでしょうけど、そこが若い頃からどうもついて行けなくて洋楽の方を聴いてしまったのかもしれません。洋楽の方だと結構、政治的な唄とかもあったりしてもっと表現が自由だったような気がします。

世の中きれいごとばかりで動いてないというか、表面上はネット上でもそうなんですけどみなさん格好のいいことばかり言うのですが、実際は激烈な競争社会であって本音(ほんね)は自分の肝っ玉の中に隠してる。そんな本音の唄がもっとあっていいと思っています。

場末のライブハウスで唄っていると、そうしたヒット曲にはならないかもしれないけれど自分の本音で唄っている人をたまに見かけたりして面白いなと思うことがあるのですが、その人たちが売れたという話は聞いたことがなく、やっぱり本音を出すと音楽の世界だけでなくどの世界でも損をするのだと容易に想像できます。

にもかかわらず、私は「わかってたまるか」を唄っちゃうんですよね。歌詞は


”わかってたまるか、お前なんかに!わかってたまるか、絶対に!”

だけです。昔っからこの曲をやるとドン引きされて会場がシーンとなるか、それとも最初ポカンとした顔されてその後おもしろい!斬新な曲だ!と称賛されるかのどちらかだったような気がします。反応が両極端なんです。  

その原因は自分ではこの曲の音楽的な構造にあると思っています。また音楽的な話になって申し訳ありませんが、


この曲には実はコード(和音)がありません。ノーコードなのです。

簡単なベースラインしかないんです。それでも十分に曲として成立してると思っています。なぜ人はメロディーにコード(和音)をつけるのでしょうか?コード(和音)をつけなくていいじゃないですか。必要がなければ要らないでしょう?そういうことです。

最後にこの「わかってたまるか」という唄は他人への全否定というものではなく、否定するからこその愛だと思っています。


私にとっては形を変えたラブソングなのです。音楽配信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA