白髪アイドルになってみた YUKIOの場合 3C分析

自分の音楽に当てはめる形でマーケティングの本を本屋でずっと立ち読みしていて、

ふと思いついたのがおかしな話だが”白髪アイドル”だ。

私の発想としてはどうしてもいつもこんな感じになってしまう。(笑)

解説していくと、とりあえず”アイドル”というのは日本には昔から存在していて潜在需要は必ずあるはずだ。要は音楽は芸能活動なのだから、自分も売れない芸能人なのである。(ターゲットニーズの確定)

そこでそういうアイドルを求めている人たちにどう自分の音楽を聴いてもらえるようにするのか?まずは市場分析である。マーケティング本では3C分析をしろとあった。

3Cとは「Customer(市場・顧客)、Competitor(競合)、Company(自社)」である。

まず市場を分析してみよう、本にはマクロ市場とミクロ市場に分けて分析方法が書いてあった。

マクロ市場とは世間の広い市場のこと、要は新聞の見出しに出てくるほどの事柄なので、現在、日本はどんどん年寄りばかりの長寿国になっているので、髪の毛を染めているけれど本当はみんな白髪なのだから、これは十分”白髪アイドル”を認めるだけの素地はある。

ミクロ市場は小さいところ、いわゆるここでは芸能界か、アイドルは昔は10代の若い歌手をたとえた言葉だったと思うが、今はジャニーズ系アイドルだって千差万別いろいろな人間がいる。「嵐」だってもう40前後だと思う。地方にはいろいろな街おこしアイドルがいて多様性の時代だ。”白髪アイドル”を名のっても全然おかしくない。

次はCompetitor(競合)だ、”白髪アイドル”に競合などいない。誰も名のってないのだから。試しに”白髪アイドル”と検索してみたら。誰もいない。一番上の記事は”ジャニーズでも白髪を告白、アイドルの正しい年の重ね方とは?”とあった。

最後にCompany(自社)、ここでは自分である。自分は白髪だらけでもはやどうしようもない。白髪から逃れられないと思っているので”白髪アイドル”になる覚悟が若い人間より全然高い。”白髪アイドル”はトシをとった方が有利だ。

こんな風に3C分析をしてみたが、いかがだったでしょうか?

マーケティング本では次は強いペルソナ(そのサービス・商品の典型的な ユーザー像のこと。ここでは私の音楽を聴いて買ってくれるファン像)をつくれとある。なかなかCD売れずに困ってるのに、そんなもの想像できるか!と思ってしまうのだが、我慢してもう少し勉強してみよう。ペルソナ作りはもう少し待て。(続く)音楽配信

spotify  オリジナルソング聴いてみませんか!?

音楽マーケティング YUKIOの場合

期末の春休みになり来月アタマには新元号が発表されるとのことだが、お正月休みに自分の音楽サイトを右も左もわからず、恰好だけとりつくろう形でとりあえずリニューアルしてから最近はマーケティング研究をするようになった。

自分の音楽をいかに売り込むか?その具体的な方法論を探したいのである。

私の心の中で、昔から自分の夢という形でなにかぼんやりしたものが、だんだんいいトシになり現実としてとらえられはじめようとしている。最近は阿佐ヶ谷の本屋でウエブマーケティングの本をしょっちゅう立ち読みしている。

ただ、そうしたマーケティング本が示すサンプル事例のほとんどが美容関係だったり通販の大量生産、大量消費のような、いままでもあった商品を他社と格付けをし違いを見つけていかに売っていくかのマーケティング方法を述べていて、私のような世界でたったひとつしかないと自負しているオリジナルの音楽を売ろうという考え方ではなかなか当てはめにくくてどのようにしようかと日々悩んでしまうのだ。

そう!ここがいけないところなのかも知れない。自分は特別な存在じゃないんだ。

マーケティング本の中には多少、音楽関係のことについて触れていたりする記事もあったりもする。売れているミュージシャンというのはシングルで周りの欲求を満たしてあげてアルバムで自分たちのやりたいことをやっている、売れないミュージシャンは自分のやりたいことばかりを主張するから駄目で、そんなこと関係なく周りの要求に応えることが大事だと書いてあった。もっともな話である。ただ昔から言われていることでもある。

自分に当てはめてみると、確かに”世界でたったひとつしかないオリジナル音楽”というのは自分の主張なだけであって、他人からみればそんなことどうでもいいことだ。客観性に欠けている。

もっと客観的な事実に基づいて行動しないと!

そこで自分自身をモデルにしてマーケティングの手法で分析してみようと最近はこころみているのである。(続く) 音楽配信

グールドの鼻唄

ピアニストのグールドについて私がどうのこうの言う資格はまったくないと思っているのだけど、単に1ファンとしてもう少し語りたい。

ほとんどどういう人なのか知らない。トシをとってからのあの背虫のような体形しかイメージになくて、ウエブで画像を検索してみると若い頃はずいぶん二枚目っぽい色男風な感じだ。

グールド演奏で最高に好きなところは、ピアノ演奏の後ろで必ずこの人鼻唄をうたっている。ウニャ、ウニャ。ウニャ、ウニャ。うねっている。ピアノを弾く前に唄っているのだよね。

上手い演奏家は世界中にいっぱいいる。私なんか足元にもおよばない。けどみんな演奏家なんだよな。音楽、特にピアノ演奏と数学は似ていると言う人が結構いるけれど、違うと思っている。音楽は理屈からは生まれない。

グールドはピアノ弾き語りシンガーなんだ。

ただ、そんじょそこらにいるピアノ弾き語りシンガーとは違う。バッハやベートーベンを弾きながらさりげなく唄っているけれど、これはそんな簡単にはできない。というか普通の常人には真似ることなどできっこない。その背景には半端じゃないピアノ運指のものすごい鍛錬が垣間見えて、そこにあるとてつもない厳しさが力のないウニャ、ウニャの鼻唄となって現れてくるところがなんだかとてもロマンチックなんだよな。

たぶん、私みたいななんの努力もしてこなかった人間がグールド音楽を語る資格なんかないのだろうけれど、1ファンとしてつい語ってしまった。グールドの鼻唄にはロマンを語るだけの価値はある。音楽配信

阿佐ヶ谷 喫茶店のグールド

毎週土曜夕方にコーヒーを飲みに行く名曲喫茶ヴィオロン。いつも行くと私と同じような常連客のような人が何人かいた。

入り口のすぐ右側のテーブルしか座らず、いつも調べものをしている感じの”先生”と呼ばれていた初老のおじいさんは最近はもう来ない。右スピーカーの前の席で前かがみに座ってスマホをみているおにいさんも最近見なくなった。大概のお客さんはスマホをいじくっているか本を読んでいるかである。以外に横文字の書物を読んでいる人も結構いたりする。

そんな中、最近めっきり来なくなったおじさんがいる。その人がお店にいるといつもグールド(クラシック音楽の有名なピアニスト)がかかるのだ。なんでそうなのかわからないのだが、たぶん最初にお店の人にグールドが好きだとかなんとか言ったんだと思うが、その人がリクエストした姿というのはあまり覚えがなくて、お店に入っていくとグールドがかかっていて、そうすると必ずスピーカーの前でその人が本を読んでいるのである。

最近、ヴィオロンに行くといつもバッハ、モーツァルト、ベートーベンの交響曲ばかりかかっていてどうも物足りない。なぜだろうと思ってふと考えたら、そうだ、グールドを聴いてない、グールドのピアノを聴きたいのに、なぜかからないんだろう?そうかあのグールドのおじさんが来なくなったから、かからないんだと思った次第である。

固いクールなピアノに必ず鼻唄が混じるグールドの演奏は、生っ粋のクラシック音楽ファンでもなんでもない私でも聴いたら一発でわかるほど個性的である。前にあるピアニストの人から聞いた話では、グールドの神髄はバッハの解釈にあるという。バッハの時代が余りに古すぎて、バッハ自身が当時どのように弾いていたか今となっては誰もわからず、しかも当時はピアノではなくハープシコードだったとのことで、そこにグールドが現代的なピアノ解釈をしたらしい。又聞きです。

グールドといえばバッハなのだが、意外にヴィオロンではベートーベンを弾いているグールドとかもかかったりして結構おもしろいなと思ったこともあったので、またグールドかけて欲しいのだが、、、あのグールドおじさんが来ないと駄目か?もう全然見かけないからな。阿佐ヶ谷駅のトイレでばったり会った時に挨拶でもしておけばよかった。

お店で、自分がグールドをリクエストすればいいだけの話なのだが

食事をしようセレナーデ

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