テイクアウト

久しぶりに陽が戻って来た。今日は日曜日梅雨の晴れ間なのか、たまには外に出ようと街に出てみた。マスクはしたくないのだが、するしかない。暑い。前から一度口にしてみたいなと思っていたカレー屋さんに行ってみた。たまに食べに来る蕎麦屋の向こうにあって、店名が多少変わっているので興味があったのだ。営業してるのかな?と思いつつ歩いて行くとのぼり旗が出ているので、しめしめやっていると思い店に入ろうとすると手前を歩いていた若者二人がその先に店に入って行った。

お店の主人であろうと思わしき若者がマスクをつけて出て来てその二人組を中に入れた後、私に向かって”こちらにどうぞ!”と言って来たので、持ち帰りできるのか訊いてみると大丈夫とのこと、”少々お待ちください!暑いのでお店の中にどうぞ。”と言われ店の入り口にある椅子に座って暫(しばら)く待っていると、またやって来て”メニューひとつしかないんですよね。もうちょっと待ってもらっていいですか?”と苦笑いされ奥の方に消えていった。

手前のカウンターには中年夫婦がカレーを食べていて。鶏肉らしき肉がのっているカレーは美味そうに見えたのだが、旦那の方がカレーに咽(むせ)たのかどうなのかゴホ!ゴホ!咳(せき)が止まらない。よりによってこんなコロナの時期に咳しながらカレー喰うなよと内心思ってたりすると、隣の奥さんがそうした私の冷たい視線を察知したのか”大丈夫~?”と言って背中をさすっていたりなんかする内にまた店主がメニューを持ってやって来て”このカレー定食が一般的で、この定食にチキンをつけるのがおすすめです。”と見せられた。カレー定食が1200円でチキンが300円になっている。高い!!なと思ったのだが、以前このお店の前を通った時にカレー弁当1200円と出ていたので金額はおり込み済みで、このチキン300円を頼むかどうかが迷いどころだった。

せっかく店主がおすすめですと言ってるんだし、目の前で食べてる夫婦のカウンターに置いてある肉がのっているカレーも美味しそうなのでチキンも頼むことにした。出来上がりまでどれくらい時間がかかるの?と訊くと10分もかからないですと言われその場で待つことにした。

店の奥をのぞいてみると若者が結構いてテーブル席は埋まっている。壁に貼ってあるポスターをながめると「〇月〇日 DJ〇〇ライブ!」とか音楽ライブもやっているらしい、どうやら若者に支持される今風のカレー屋さんのようだ。出来上がったカレーが出て来る間に若いカップルが出て行き、更に男の子二人組が私の前を通って店の奥に入って行った。

暫(しばら)くして、持ち帰り用のビニール袋に入れたカレーを持ってくると店主は”2種類のカレーがあってこれをこの下にある弁当のご飯にお好みでかけてください。”と渡してくれた。受け取って帰ろうとしたのだが私の方がお金を払ってないことに気づくと、”そうでしたね!”と若い店主にまた苦笑いされてしまった。

このカレー屋を出て多少歩いた後、左に曲がった。真っすぐ行けば家で我が家に戻ってはやくこの出来立てほやほやのカレーを喰えばいいのにわざわざ道草してどこに行こうというのか?

左に曲がって商店街を駅に向かって上っていくとその途中にインドカレー屋があるのだ。そのインドカレー屋もテイクアウトをやっていて実はどちらのカレーを持ち帰ろうかと家を出る前は考えていたのであった。インドカレー屋の前を通るとやはり前にここを通った時の値段と一緒のサフランライス付き500円で売っていた。安い!!私が今持ってるカレーは3倍もする値段のカレーだ。果たしてこれでよかったのだろうか・・・?3倍も違う感動を家に帰ってこれから味わえるのだろうか?こっちのインドカレーでよかったんじゃないのか???

どうでもいいことで悩んでしまった梅雨の晴れ間の日曜日。明日月曜からはまた雨だと言う。扇風機を回しながら頑張ってこのブログを書いている。

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蕎麦(そば)打ち

台風がこれから来るという。蒸し暑い。二日続けて外で手打ち蕎麦(そば)を食べてしまった。高価だが美味い。食べたあとにガラス越しに蕎麦打ちの実演をやっていたので蕎麦湯を飲みながら20分ばかり眺めて来た。

テレビで見たことはあるのだが実際まじまじと見るのは初めてで、蕎麦打ちというかすでに蕎麦は打ってあってその(かたまり)を伸ばすところからの作業だった。

両手でぐにょぐにょ伸ばしはじめて、それから木の棒をつかって白い粉をまきながら広げていき、最後包丁で千切りしていく過程だった。作業していたのはそのお店の店主ではなくたぶんお弟子さんだと思われる若い男の子で、私にじっと見られているにも関わらず気にすることなく黙々と蕎麦を切っていた。この千切りにした蕎麦を先ほど私が食べたのだなと思うと不思議にこのお弟子さんにも愛着が湧いてくる。

食べてるだけだとそのありがたみがわからないが、その過程を見せられることによっていかに蕎麦を切るだけでも時間をかけて細心の注意を払っているのかわかったりするので、こうした実演はすごく良いことのような気がする。蕎麦屋だけでなく違う分野でのお店さんでも最近はその制作過程をお客さんに見てもらうところが増えているように思う。

この若い男の子はいつからこの蕎麦屋に入って蕎麦打ちを始めたのだろう?蕎麦職人になろうと思ったのは何歳の時なのか?周りはみんなスポーツ選手になりたいとか芸人になりたいとかがほとんどだと思うのに、どうして蕎麦職人だったのか?

彼の所作を見ながらぼんやりと想像してみた。若い子特有の飾りっ気が余り無さそうで所作がとても綺麗だったからだ。実際はこの蕎麦屋の息子さんなのかもしれない。あるいは別の蕎麦屋さんのお子さんでこのお店に修行で丁稚(でっち)に来ているのかもしれない。

台風前の日曜日午後、冷房もかけずに扇風機だけでこのブログを書いている。まだ早いが風呂に入ってビールでも飲もう。

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小さな音

先日久しぶりに音楽にどっぷり浸(ひた)る時間がありました。暑いので日曜日の夕方明るい内(うち)からたこ焼きをつまみにビールをチビリチビリ飲みながら好きな音楽をかけたのでした。

思えば素面(しらふ)で家の中で音楽を聴いたことなどもう何十年も無いような気がする・・・。自分で演奏する時は絶対に酒を飲んではやらないと決めていますが、聴く方となると全然駄目(だめ)でもはや酒を飲みながらでしか音楽を聴こうとしないのかもしれません。(笑)

こうなるとロックとか歌ものを聴くということもなくやっぱりジャズになってしまうのですよね。自分は唄ものをやってるくせして聴くのは唄ものでははないというこのジレンマ。実は唄ものではない曲も何曲かはあるのですが、いつかはお披露目できたらなと思っております。

ここ何年かは明るい内からかけるジャズって決まってまして、いつもマイルスデイビスの「マイルストーン」というアルバムをかけて酒を飲み始めるのです。4曲目のこの「マイルストーン」という曲から6曲目のセロニアスモンクの「ストレート・ノーチェイサー」という曲がかかってる内に外が暗くなってきて、小さめの灯りをつけて6曲目が終わると違うアルバムをかけ始めさらにディープな自分だけの世界にのめり込んで行くのであります。(笑)

さて、今回取り上げたいと思ったのはこの「マイルストーン」というアルバムではございませんで、同じマイルスでも「カインド・オブ・ブルー」に入っている「ソーホワット」という曲です。マイルスデイビスと言えばもう誰もが知っているジャズ界の帝王、有名なトランぺッターで、今さら私が何を語ろうが彼の名前に傷がつくものでもありませんで、そんな私も例にもれず若い頃はロックしか聴かないのに、なぜかマイルスデイビスの音楽だけはテープを持っていたのでした。その理由がこの「ソーホワット」という曲で、はじめて友達の家で聴かせてもらった時以来もう大好きになってしまった曲なのです。

「ソーホワット」といえばモードジャズの代表曲で歴史上最も有名なジャズのスタンダード曲10曲の内に入るくらいだと思いますので、私が下手な曲解説をしても笑われるだけなのでしません。意味がない。ここでわかってもいやしないモード奏法をうんちゃらかんちゃらと語ったら更に面白いのかもしれませんが、私そんな馬鹿じゃありません。(笑)

この曲の何を語りたかったといえば、酒を飲みながら久しぶりに聴いて、ボリュームをしぼって聴くともの凄く響くというのに気づいたと言いましょうか、最初に友達の家で聴いた時から薄々(うすうす)そう思ってたと言いましょうか、「ソーホワット」は音が小さければ小さいほどカッコいい!部屋の片隅、真っ暗な暗闇の先から聴こえて来る、小さな、小さな音の「ソーホワット」が一番素敵だということを再発見してしまったことです。

音が大きくある必要はあるのだろうか?今の世の中なんでも大きな音で表現しようとしますが、はたしてそれが正解なのでしょうか?マイルスデイビスと並んで私が大好きな武満徹さんも自分の曲を演奏してくれるオーケストラに向けて”もっと小さく、もっと小さく。”とよく言っていたと何かの解説で読んだことがあります。

マイルスと武満さんの音楽の共通点は音を小さくすればするほど魅力的になるような気がして、先日は「ソーホワット」のあとに武満さんの代表曲「ノーベンバーステップス」を限りなく小さな音で聴いてみました。

至高の究極。

なんじゃそれは?オマエは”美味(おい)しんぼ”か!古いな。(笑)

このようにして50代親父(おやじ)のささやかな日曜夜は過ぎて行ったのであります。翌朝、血圧が高かったのは言うまでもありません。音楽配信