2拍3連のリズム「雨のハイウェイ」

自分は譜面が読めない。今までさんざん偉そうなこと書いて来ておきながら実は譜面が読めないのだ。(笑)ライブで譜面台をいつも立てて唄っているのだが、それは譜面を見ているわけではなくて歌詞が憶えられないからだ。格好つけてるわけではない。(笑)では、どうやって音楽を創って来たんだ~!?と言われるかもしれないが、譜面が読めなくても誰でも音楽は創れる。絶対音感が無くても音楽が聞こえて来れば唄える!こんなこと言ってるから誰にも相手にされないのかもしれない。(笑)音楽を教えられたことがないので譜面は読めないのだが、時間をかけて音譜をたどればなんとなくわかるのだ。それで十分だと思っている。音符がその人の音楽を表すのではない。

ただ、もし自分が細かい譜面が書けるのであれば、自分のオリジナル曲の譜面は意外に難しいものになるかもしれないと思っている。リズムに関しては特に。今回はそのリズムに焦点を当てた曲を紹介しようと思う。

「雨のハイウエイ」という曲でピアノの弾き語りの作品に入っている。他の曲に無い、この曲だけの特長というのは2拍3連のリズムで弾いているということだ。左手のベースを拍でカウントし、右手コードを3連符で叩いている。2と3の最小公倍数6を2拍で割ると1拍3連になり、よくブルースなどであるハネたリズムになるのだが単純でそんなに難しくない。しかし2拍3連となると左手2拍叩く間に右手に3連符を入れなくてはいけなくなる。4や8の偶数を2で割るのは簡単だが、3という奇数だと割り切れないのと一緒で難しいのだ。

自分のこの曲だけではなくて2拍3連の曲というのは他にもいろいろとあって、ネットで検索してみるとビートルズがやっていたり日本ではオフコースの小田さんのヒット曲もそうだという。しかしこうした曲とこの「雨のハイウエィ」という曲には決定的な違いがあって、ビートルズやオフコースの曲の2拍3連は部分的に使われているだけであるのに対して「雨のハイウェイ」は曲全編が2拍3連なのだ。曲のアタマ出しから最後まで・・・ずっと2拍3連が動いて行くだけで、こんな曲は日本ではなかなかお目にかかれないだろうと思っている。(笑)

簡単な動画をユーチューブに部分的に載せたりして意外に観てくれる人もいるのだが、2拍3連に興味を示してくれる人などほとんどいなくて、矢沢の永ちゃんにも同名の曲があるらしくどうやらそこからアクセスが流れて来るらしい。(笑)

現在バンドバージョンを創っていて打ち込みのリズムを挿入(そうにゅう)したのだが、この打ち込みは8ビートになっている。複雑なリズム展開に、乞うご期待!

ということで、自分の曲は譜面には書き表せはしないが結構リズムに関しては複雑になってると思っている。クラシック音楽の譜面のように隅から隅まですべて細かく決めてしまっても音楽はいろいろな解釈ができるような気がするのだが・・・。特にリズムに関しては。

音楽配信中 「雨のハイウェイ」-ピアノ弾き語り「YUKIO PIANO」12曲目です。気に入ったらいかがなものでしょうか?

夢の設計図

自分の音楽を説明するには楽譜が必要なのだろうか?前回自分の曲を説明するのに苦労したのでフトこう思ってしまった。

もう最近は他人(ひと)と一緒に演奏するということがない。すべては自分の頭の中にあるのだが、今まで他人(ひと)と一緒にやって自分が思ったような演奏ができた試しがない。原因は私が楽譜を書いて渡さないというものでは無いと思う。

一番の理由は、たぶんお金が発生していろいろな利害関係がからまった仕事として他人(ひと)が私の音楽に取り組んでくれなかったということだ。要は儲からないので、わがままに自分の好きなようにやりたいだけで気の合うところはそれでいいのだろうが、理解し合えない部分は適当にごまかして演奏されてしまうということだった。趣味の世界であればそれは当然なのだが、まったく儲からないにしても私は趣味で音楽をやって来たつもりは毛頭ないので、多少スケール音の譜面を渡したりなんかもして具体的にこうしてくれと言うのだがお金がからんでないとやはり適当なのだ。そのうちなんでお前の言うことを聞かなきゃいけないんだという態度になってきてお互い気まずくなるというパターンだった。

お金と譜面を渡してクラシック音楽のように譜面通り演奏するというのも手だが、そこまでやってくれる人間関係も無かった。みんなが知っている世間にもう認知された有名な曲であれば、譜面を見ながら楽しくできるのかもしれない。しかしどこの馬の骨ともわからない人間にああでもないこうでもないと指図されればどのような人間でも好い気はしない。結局はすべてを一人でやることになった。

一人でやっていると譜面は要らない。自分の頭の中を整理するだけだ。ところが前回ブログのように聴いてくれる人に対して自分の音楽を説明しようとすると多少コード進行がどうのこうのとかスケール音がどうとか入れてしまわなければいけない。聴いている他人(ひと)にとってはそんなことどうでもいいことなのだろうが、曲がどのような骨格でできていてどういう風に肉づけされているのかをお知らせしないといけない。他人(ひと)は音をただ聴いていると思っているだけだが、実はその背後にある曲をつくった人の考え方を聴いているのだから。

他人(ひと)に自分の気持ちを伝えたいために自分は唄をうたっている。この世に生まれてきた幸せや、不条理を。譜面を伝えたいわけではない。ただ伝えるためには手段が必要なのだ。たぶん私の場合はそれは音楽の設計図のようなもののような気がする。このブログを含め小さな夢の設計図だ。音楽配信