”藤の花”だった理由(わけ)

自分の創った曲に上下関係はない。あの曲が良くてあの曲が良くないなんて思わないのだが、心の中ではこの曲を創れたおかげで自分は救われただとかこの曲が創りたかったんだと思った記念碑的な作品がいくつかある。この曲を生みだしたことで今までの自分が変われたと思ったりして他の曲とはちょっと思い入れが違う唄だ。

どの曲だと具体的に曲名を上げたりはしないが、自分の中では他人に聞かせればいつか絶対にわかってくれると思っていたりなんかもする。絶対にだ。(笑)ところがユーチューブでアップしてみると一向にアクセス数が伸びない。それどころかこうした曲に限って誰も見てくれなかったりする。数字がずっと0(ゼロ)のままなのだ。(笑)

こんな経験もしているので、つい自分という存在はこの世からほとほとズレた存在なのだといじけてしまうのであった。自分はこの世には合わない・・・もう嫌だと・・・。(笑)いじけるだけじゃ何も問題は解決しないので、ここから何かを学ぼうと具体的にこの曲たちの何が世間一般の価値観とは違うのだろうかと自分なりに客観的に分析もするのである。

音楽的にはたぶん”テンション”が入っていたりするからだろうと思っている。”テンション”とはまた難しい音楽用語が出てきた。要はドミソ以外の不協和音のことを言うのだが自分ではこれは不協だとは思っていない。唄うのに必要な音なのだ。

日本の流行歌のヒット曲にテンションが入った曲というのはあるのだろうか?日本の曲を余り聴いて来なかったのでよくわからないが、ほとんど印象に無い。プロの作家の先生くらいであればテンションは当然知ってるはずで、なんで使わないのだろうか?それはたぶん売れないからなのだと思う。難し過ぎて誰も聴いてくれない→自分の作った音楽が売れない→収入が無くなる→生活に困る、こうした悪循環にはまりたくないのだと想像できる。では、なんで自分はそんなことわかっているのにテンションが入った曲を創ってしまうのか?それは

そう聞こえて来るから仕方がないんだ~!

と、言うしかない。(笑)自分の作ってきた曲のたぶん半分以上はテンションが入っていたりする。救いようがないじゃないか!(笑)そこで脳ミソのない馬鹿は馬鹿なりに考えた。唄をつくる創作活動で制限はできないが、プロモーション活動ではそうした曲は前面に出さず、もっとシンプルな曲でまずアピールすればいいじゃないかと思ってしまった次第である。”藤の花”という曲を今回シングルカットと言おうか作品”月”の中で唯一ストリーミングでも聴けるようにした理由はそこにある。

唄の進行はテンションなど出て来ず、いたってシンプルな構成になっているリズムを打ち込んだダンスナンバーとなっている。ユーチューブの動画では踊っているが、本当は体全体を撮りたかった・・・。しかし背景の無地(むじ)の白い生地(きじ)が小さくて撮影すると生活感が漂う家の余計な物が見えてしまい上半身だけになってしまった。次、撮影する時は広角レンズというものを買ってきて撮ってみたい気もするが、しかしそんなレンズを買う余裕がまだあるのだろうか?どうでもいいことをまた話してしまった・・・。

動画は置いておいて、音楽の話に戻ろう。今回の”月”という作品は今という時代を意識している作品にしたつもりである。この”藤の花”という曲以外にもいくつかそういう曲がある。打ち込み系の曲でキック(ドラムのキック)を中心としていて、プロのトラックメーカー※なる人たちはたぶん命がけでそのキックの音に磨きをかけるのだ。私もそこまで突き詰めたいと思ったりもしたのだが、そんなことやっていると時間がどれだけあっても足りなくなるので止(や)めた。(笑)今、現在の音楽事情というのは純粋な音楽とはまた別のテクノロジーの発展の隆盛というか、音楽とは関係のないところで動いている気がする。

※トラックメーカー 近年のテクノロジーの発展によって、一人で歌のバックトラック(日本語で言うカラオケ)をデジタルで請け負い作成するプロデューサーみたいな人。詳しくはウィキペディアで。

曲はたぶん20世紀にあったものと、現在21世紀に生まれたものとはほとんど変わりがないと思っている。進化しているのはテクノロジーで、これは音楽だけの話ではないのかもしれない(笑)。今回の作品は私なりのそうした今風(いまふう)目線でまとめ上げたのだ。

音楽に限らず、時代は常(つね)に刻一刻(こくいっこく)と動いている。現在流行(はや)っているものはいずれかは必ず廃(すた)れ始める。それが今、生きているということだ。天才だとか本物だと云われるものはそうした時空を超えたものなのかもしれない。

自分が本物だとは言わないが、そうした今という時代を今回”月”という作品で表現しようと努めてみたつもりだ。とりあえずは、まず”藤の花”を聴いてみないか?いい曲だよ!騙(だま)されたと思って・・・(笑)。”藤の花”音楽配信ページへ

シングルカット”藤の花”きいてね!

YUKIO音楽の時代

自分でオリジナルの唄を唄っている割には、他人(ひと)の音楽を買わなくなってもう何年も経つように思います。CDチェーン店が自分の音楽CDを置いてくれないので腹が立ってそれ以来CDを買っていません。(笑)自分で販売しているくせにダウンロードで買ったことも無く、ストリーミングサービスは無料のspotifyだけたまに聴いてたりします。

何を聴いたら面白いのかよくわからないので、ワールドトップ50というのをたまに聴く程度です。今、世界で最も売れている50曲がたぶん聴けるのでしょうけど、当然その中に私の知っている曲などは無くチンプンカンプン、流行に取り残されたおじさんが”今の若い者は・・・”などと若者を苦々(にがにが)しく思っている感覚に近いのかもしれません。

大手CDチェーン店には置いてもらえませんでしたが、近所のアナログレコード屋さんでは自分のCD置いてくれていて、そのアナログレコード屋さんとたまに世間話をしたりするのですが、アナログレコード最近復活傾向にあるけれど、どういった曲のレコードが売れてたりするのか尋ねてみると、傾向なんかなんでもいいんです要は流行(はや)りですよと言われてしまいました。(笑)曲の内容などはどうでもいい。お洒落(しゃれ)感覚で今の若者は音楽を愉(たの)しんでいるだけだと言いたかったのだと思います。

思えば私の若い頃もそうだった。それが歳を重ねるうちに生きるためのいろいろな知恵がついて来たりなんかして、、、それと共に聴く音楽も遍歴して来ました。最初はロック、それから黒人音楽になり、だんだん唄ものを聴かなくなりジャズに移り、今はクラシック音楽です。ほとんど一貫性が無いのですが、自分の中ではその時、その時の良いと思ったものだけを聴いて来ただけなのです。当然自分の創る音楽も、こうして今まで聴いて来た音楽の影響から切って切り離せないものでもあります。オリジナルの曲といっても何もない0(ゼロ)から創り出すことなんてありえないのですから。

spotifyのワールドトップ50を聴いていると、ほとんどが打ち込みの音楽になっています。その時代、その時代の傾向があって最近の流行りはその打ち込みに乗せてメロディーなのかラップなのかよくわからない中間くらいの感じで創られている風です。ちょっと前まではヒップホップがどこに行ってもかかってましたが、今はもう一つのジャンルとして成立してしまったので若者が飛びついて来ないのかもしれません。あとエフェクターなどのプラグインの使い方も相当複雑になっている感じで随分金かかってるなと感心したりもします。

ただその時代が過ぎてしまえば、流行った分古臭く感じてしまうのも事実。いつその時代が終わるのかは誰もわからないのですが常にアンテナを張ってないと取り残されてしまう。気づいた時にはあとの祭り。これは音楽だけではなくて世の中一般すべてそう。そんな面倒くさい時代を追うよりも、自分で時代を創ればいいんじゃん!?

おっしゃる通り!しかし自分で時代を切り拓くつもりでやってきましたが、ご覧の通りこの様(ざま)です。トホホなのですけどまだ諦(あきら)めちゃいませんよ!息が続く限りやってやります。ザマ~ミロ。だって、

女の子にモテたいために男の子はギターを弾き始めるのだもの。

誰かがそんなこと言ってたな・・・。音楽配信