台風が過ぎて

昨日の夜にかけて台風があっという間に行ってしまった。玄関の屋根下が壊れていた。また猛烈に暑くなって来た。今週末は月1回やっている大久保水族館でのライブだ。何やろう?練習しないといけない。

今年になって「cocolo」と「太陽」という自分でつくったアルバムから曲を選んで、交互に毎月カラオケをバックに演奏する形をとっている。それ以前は鍵盤の弾き語りをやっていた。

本当は唄だけに専念したいのだがなんだかライブっぽくならないので、あえてギターのパートの音をはずしたカラオケをつくって、ギターを弾きながら唄う形をとっている。

お店の料金以外に自分で音楽チャージをとろうとして以来、ほとんどお客さんが来なくなった。ただ元々そんなファンがいたわけでもないので気にするほどのものでもない。友達がいなくなっただけだと思っている。(笑)

行ってあげたり来てくれたりの友達が欲しい訳ではなく、自分の音楽に価値を見出してくれるファンが欲しいのだ。そのファン一人を見つけ出すことが本当に大変なのである。

そこを誤魔化してライブをやってもしようがない。音楽は人それぞれ千差万別、いろいろあっていいし、そうあるべきだ。上手い奴もいれば下手な奴もいる。ただ自分が選んだ道は自分の曲で稼げるかどうかだ。まったく稼げてないけど、ここから逃げちゃいけない。どんなに白い目でみられようと言うべきことは言わないといけない。

もう齢(とし)なんだし時間がない。やるべきことをやらなくちゃ。音楽配信

蕎麦(そば)打ち

台風がこれから来るという。蒸し暑い。二日続けて外で手打ち蕎麦(そば)を食べてしまった。高価だが美味い。食べたあとにガラス越しに蕎麦打ちの実演をやっていたので蕎麦湯を飲みながら20分ばかり眺めて来た。

テレビで見たことはあるのだが実際まじまじと見るのは初めてで、蕎麦打ちというかすでに蕎麦は打ってあってその(かたまり)を伸ばすところからの作業だった。

両手でぐにょぐにょ伸ばしはじめて、それから木の棒をつかって白い粉をまきながら広げていき、最後包丁で千切りしていく過程だった。作業していたのはそのお店の店主ではなくたぶんお弟子さんだと思われる若い男の子で、私にじっと見られているにも関わらず気にすることなく黙々と蕎麦を切っていた。この千切りにした蕎麦を先ほど私が食べたのだなと思うと不思議にこのお弟子さんにも愛着が湧いてくる。

食べてるだけだとそのありがたみがわからないが、その過程を見せられることによっていかに蕎麦を切るだけでも時間をかけて細心の注意を払っているのかわかったりするので、こうした実演はすごく良いことのような気がする。蕎麦屋だけでなく違う分野でのお店さんでも最近はその制作過程をお客さんに見てもらうところが増えているように思う。

この若い男の子はいつからこの蕎麦屋に入って蕎麦打ちを始めたのだろう?蕎麦職人になろうと思ったのは何歳の時なのか?周りはみんなスポーツ選手になりたいとか芸人になりたいとかがほとんどだと思うのに、どうして蕎麦職人だったのか?

彼の所作を見ながらぼんやりと想像してみた。若い子特有の飾りっ気が余り無さそうで所作がとても綺麗だったからだ。実際はこの蕎麦屋の息子さんなのかもしれない。あるいは別の蕎麦屋さんのお子さんでこのお店に修行で丁稚(でっち)に来ているのかもしれない。

台風前の日曜日午後、冷房もかけずに扇風機だけでこのブログを書いている。まだ早いが風呂に入ってビールでも飲もう。

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