間違ってる。

自分の曲で「間違ってない」という曲がある。街頭で歌っていて、誰も振り向いてくれない状況の中で、自分は間違ってないと歌う歌だ。井の頭公園で歌っている時は常にこんな状況で、アウエー感満載と言おうか、周りはみんな敵だ!と言った感じで、自分で言うのもなんだがとても被害者気分満載の曲だ。(笑)歌詞だけでなく、音楽構造的にもドミナントマイナーを使っていたりして、変てこな曲なのだが、とてもいい曲だと自分では思っている。(笑)

なんでこんなことを書いたかと言うと、実はここ1ヶ月くらい時間が空いたら、仕事もそっちのけで、Javaスクリプトというプログラミングの勉強をしていて、毎日、本屋で買って来た教本と睨(にら)みあっこしながら、自分のパソコンにその教本に載っているプログラミング言語を1文字1文字打ち込むのだが、同じようにコピーしたつもりでも、いざ確認すると、まるっきりコンピューターが反応しないなんてことがままあって、あらためてよくよく自分が打ち込んだ文字を注意深く確認すると、間違った文字を打ち込んでいたりするのであった。

自分は間違っている。

こう思うのであった。(笑)間違っていると言おうか、間違わない方がおかしい!こうも思うのである。人間は間違える動物なのである。間違ってない方がおかしいのだ。そう思うのだが、本来、大文字のところを小文字にしているだけで、コンピューターは何の返答も返してくれない。

こういう経験を何度もしている内に、若い頃から自分がいかに無意識の内に自分が正しい行いをおこなっているかと自信過剰になっていたかを思い知ったのであった。(笑)自分に自信を持ち過ぎなんだ、自分は。結構知らない間に、いろいろな間違いを犯していることにもっと自覚的にならなければならないと思ってしまった。

間違わない自分なんていない。人間は必ず間違えるのだから、もっと謙虚に自分を見つめ直した方がいいと、プログラミングを勉強していく内にそう思えるようになって来た。

自分は間違える動物なのだ。そして疲れる動物なのだ。

それに対して、コンピューターは一旦プログラムがセットされると永久にそのプログラムを繰り返す。疲れもしないし、間違いも犯さない。永遠に同じことをやっても飽きないのか~!?とか、疲れないのか~!?とも思うのだが、汗ひとつかかずに、同じことをクールに繰り返していく。

そりゃ、人間かないっこないよ!いずれは人間、コンピューターに支配されるのかもしれないが、そんな世界になる前に自分はとっくに死んでこの世にいないと思うので、そこまで難しく考えても仕方がない。(笑)

とりあえずは、コンピューターの特性を少しは理解して使えるようになった方が、今の世の中、楽しいし、便利そうだ。こう思って勉強しているのだが、たぶん自分の頭の中には、このJavaスクリプトのプログラミング本の中身の1~2割程度ほどしか入ってないように思う。この歳になって、こんなに勉強する羽目になるとは。。。(笑)

ただ、こんな感情はコンピュータには無いのだろうな。やっぱり人間、間違ったり、疲れたりするから、生きることは豊かなものだと実感できるのだろうし、進歩もあるのだろう、自分の歌も、間違ってもいいからこうしたこの世を生きた実感を伝えるものでありたい。こう思うのであった。(笑)

間違ってない

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荒野(こうや)

窓から暖かい日差しが差し込む休日午後、お昼にカレーを食べたあとコタツでウトウトしてしまった。何をすることもなくパソコンに向かっている。先日、井の頭公園の事務局からメールが来ていた。井の頭公園での路上パフォーマンスを来年度に繰り越すかどうか返事をくれとのことで、一応繰り越しますと送っておいた。

コロナ・パンデミックも日本では多少おさまって来たので、巷(ちまた)ではライブパフォーマンスをはじめエンタメ業界も徐々に前のように動き始めている感じが肌触りでわかる。

井の頭公園の路上パフォーマンスも先月から再開されて、常連の大道芸の人達なんかはもう毎週のようにやっているみたいなのだが、なにせ自分は歌唄いなので声と共に内臓から菌を吐き出すのでまだ自重(じちょう)気味である。今、大声で公園で唄うとどこからか石が飛んで来そうで怖い。(笑)それで来年度に繰り越すことを決めたのだ。

コロナ前まで、毎月定期的にやっていたライブもまだ再開していない。街を歩くと結構ギターケースを背負って歩くおにいさん、おねえさん達を見かけたりもするのだが、まだ自分とすればそんな気になれない。フェイスシールドまでして唄いたくない。(笑)やるからには何か、以前とは違う動機が必要な気がする。

前は儲かりもしないのに、ただ単に希望的観測の上で唄ってばかりいた。考えたつもりでいたが、周りの人たちと同じように流されて自己満足で唄っていただけだ。どうせ客がいないというあきらめの感じが心のどこかにあって、それをずっと変えようとしてきた。しかし方法が見つからない。一番、簡単なのは流行(はや)りに乗ることなのだけれど、流行っているということはそれだけ人もそこに集まるので自然と競争率が高くなり、私のような何の経歴をもっていない人間は真っ先にはじき飛ばされてしまう。

自分が今後進むべき道はどこなのか?道と言ったって、そもそも道なんてどこにもないじゃないか!誰か先人が通ったであろう轍(わだち)すらないだろう!と思ってしまうのである。そう思うとなんだか心が荒(すさ)むと言おうか、見ている周りの風景が荒野(こうや)に感じられたりもするのだが、もともと荒野の中を誰に何を言われようと一人で進んで来たじゃないか!という思いもあって、チクショー、なにかいいアイデアがないかと考えるのだが、現実はいいアイデアなんて一向(いっこう)に無いのである。(笑)

現実はひとつ、ひとつの地味(じみ)な作業の積み重ねしかないのだろう。誰かが自分を見定めてくれるなんてことは無いのである。他人(ひと)を振り向かせる力(ちから)が欲しい。その力(ちから)とは、やはり自分にとっては不思議と音楽なのだ。

毎月1曲ずつ、spotifyなどでストリーミング音楽配信してみようかと考えていたりもしたのだが、やめた。(笑)自分の音楽は、ちょっと気にくわなければ、ポンと曲を飛ばして次の曲に行ってしまえる、そんな今風のストリーミングサービスには合わない。やはり最初、”なんじゃこれは!?”というような感覚なり、違和感を感じたりして、徐々にその曲なり、そのミュージシャンを好きになって行くという聴き方をしてきた自分の音楽には合わないのだ。流行っているって言うだけで、我慢して合わせる必要はないと思ってしまった。自分が納得しない音楽はやらない!という理屈とおなじ理屈だ。(笑)自分が納得しないと思うことは、行動も起こさない!そういうことである。

時代遅れで結構!目の前には荒野(こうや)が広がっているぞ~!!嵐が襲ってくるのか、野獣に喰われそうになるのか、わからないが、後ろを振り向いても荒野だったのだからいい。

今日も荒野に立ち尽くす自分なのである。

オリジナルソング「道」

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土曜のピアノ

こちらが私の音楽の心臓部、生ピアノです。自分の家に置いてあるわけでなく、1週間か2週間に1遍(ぺん)土曜日の午前中、近所の公民館に行くのです。そこのピアノ室を借りてああでもない、こうでもないと思いついたアイデアの肉づけ作業を行うのでした。今回はこの荻窪公民館のピアノ室について語ろうと思います。

もうこの公民館のピアノ室に通うようになって10年以上経(た)ちます。晴れの日は自転車で、雨の日は電車で荻窪駅から10分ほど歩きます。なぜこの公民館にピアノ室に通うようになったか?それはもう料金が安いからに他(ほか)なりません。1時間100円でいつもは2時間借りて200円です。音楽のリハーサルスタジオに行くと最低1時間500円はかかるので、かなりお得(とく)!やっぱり税金を払っているのであれば行政サービスを使わなきゃ損(そん)、損(そん)。

てなわけで昨日も行って来たわけですが、実は自分の好きな時に行って勝手に弾いて帰って来れるわけではなくて2か月前に予約して更に抽選があってようやく何月何日にピアノが弾けることになるのであります。当然料金が安いので応募人数もたくさんいて抽選にもれたりしてなかなか大変なのです。そんな時は競争を避けて倍率の低い、また別の高井戸地域センターのピアノ室を予約したりなんかするのでした。高井戸のピアノ室は料金が高いのです。前は1時間300円もしたのですが先々週行った時は200円になっていました。たまに高井戸に行くと気分が変わってなかなか爽快な気持ちにもなるのですが自転車で行くと結構距離があったりして、自転車ももう古くなりペダルを漕ぐのも結構億劫(おっくう)になってきたりして、なんだか最近は重たいのですよね。タイヤに空気を入れなきゃ。油を差した方がいいのかもしれない。

高井戸に行く日が雨だったりなんかした場合は吉祥寺経由で井の頭線に乗って行ったりもします。帰りはなぜかいつも吉祥寺ひとつ手前の井の頭公園駅で降りて井の頭公園を傘を差しながら散策して吉祥寺駅に戻って来たりもします。まさか自分がその井の頭公園で唄を唄い始めるとは思ってもみませんでしたが。(笑)

話が逸(そ)れましたが、高井戸はたまに行くだけでいつもは荻窪公民館のピアノ室にお世話になっているのであります。最近はコロナのせいもあってピアノ室に入る前の受付でピアノ専用の除菌クリーナーを渡され、弾く前に念入りに吹き付けてタオルで鍵盤を拭(ふ)くのでした。

隣はオルガン室になっていて、オルガン室の方はオルガンの練習ばかりやっているというよりは、いろいろな人がいてサックスを吹く人や、ギターを弾く人、オペラを歌う人など隣部屋からさまざまな音が聞こえて来るのでした。壁は防音になってはいるのですが何をやっているかははっきり聞こえて来るのです。一番多いのはサックスの人で昨日はめずらしく”イパネマの娘”(ボサノバの有名な曲)が聞こえて来たりもしました。(笑)洒落(しゃれ)てるねと思いつつ私も自分のオリジナル音楽のまだ歌詞のついてない曲を鼻唄まじりで唄ったりなんかするのですが、先方には私の鼻唄ピアノ弾き語りがどのように聞こえているのでしょうか?結構隣の部屋で笑われたりしているのかもしれません。壁一枚を挟んだ隣から聞こえて来る音楽を向こうはどのように思っているのかはわかりませんが、微妙な関係で気づかないふりををしてお互い練習に励(はげ)むのでした。

終了時間の5分ほど前には練習は終了。退出し、最近はトイレで手を念入りに洗って、受付に除菌クリーナーを返しに行くのでした。晴れの日は自転車に乗って家に直帰、雨の日は荻窪駅地下の魚屋で旬(しゅん)の魚を眺めてから電車に乗って帰って来るのであります。

その後、家で昼飯を食べてからピアノ室で録った音源を聴きながら眠くなり昼寝したあと阿佐ヶ谷にクラシック音楽を聴きに行き土曜の午後は過ぎて行くのでありました。余りに長閑(のどか)。余りに退屈。けど自分にとってはGO TO トラベルやGO TO イートでいろいろなところに遠出をするよりも、こうした時間がなんとなく幸福だったりするのです。

荻窪公民館ピアノ室。こんな感じでゆるく練習なんかしたりしてます。鶴田浩二の”街のサンドイッチマン”アレンジ変えました。

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