のぼり旗

腰が痛い。コロナ前に通っていた接骨院にまた通い始めた。多少良くなったと思っていたのだが、先日のマッサージでまた元に戻った感じで鈍痛が走る。歳(とし)を取るとはこういうことなのだろうな。

昨日、井の頭公園に唄いに行こうと準備する間際に雨が降ってきてとりやめた。ちょうどいい休息だと思いのんびりした。天気予報はよく外れる。予報は予報でしかないもんな。

さて、何書こう。久しぶりのこのブログだ。面白いこと書きたいのだが、ネタが無い。笑 思いついたものから書いていこうか。そうだな、本当は昨日井の頭公園で唄う時に持って行こうと思って注文した新しいのぼり旗のことについて語ることにしよう。いつも唄う時に”オリジナルソング”というのぼり旗を立てているのだが。一週間前に唄いに行った時に、途中のどこかで、そののぼり旗の支柱と下の錘(おもり)をつなぐ器具を落としてしまって紛失(ふんしつ)してしまい、替えの物をネットで買わなければならないはめになり、金額も何百円で送料の方が高くなってしまうので、であれば新しいのぼり旗をひとつ新調(しんちょう)して一緒に買うことにしたのだった。

”オリジナルソング”というキャッチコピーでコロナ明けからは公園で唄って来たのだが、目の前を通り過ぎる人たちからは、「オリジナルソングだって、、、」クスクスクスと軽く笑われ、あしらわれる感じでしかなかったので、もっと馬鹿にするなら馬鹿にしてくれよと思い、英語のカタカナ表記も止(や)めにし、もう少し具体的に言葉を落とし込む形にして、

”他人の真似をしない唄”

という、のぼり旗を注文した。注文する時にいろいろトラブルがありまだ届いていないのだが、次回公園に唄いに行く来年からは、しばらく、この”他人の真似をしない唄”というのぼり旗を立てて唄うつもりだ。

このキャッチコピー、なかなかプライドがあって気概を感じさせる言葉なので、公園の通りを行く人たちの敵対心をあおることにもなりかねないかと思い、笑 ”オリジナルソング”の時は確か明朝(みんちょう)関係のフォント(書体)にしていたのだが、今回は漫画やアニメで使われているハルヒという可愛らしいフォント(書体)にしてやった。白生地の上に文字黒でそこは”オリジナルソング”の時と同じ色調になっている。本当は日の丸の感じで、文字を赤にしようと思ったのだが、右翼(うよく)と勘違いされるかもしれないと思い、思いどどまった。私はただ自分の歌が唄いたいだけなんですよ~。笑

公園で唄っているといつも思うのは、散歩している通りの人たちからは馬鹿にされているなということだ。特に大人の目つきがそう。手品をやっていたりする大道芸人の人たちには、自分の子供たちが喜ぶのでホイホイ寄って行くのだが、わけのわからない歌を唄っている人間に対しては、「かわいそうに、、、こんなことして、、、仕事も無いのね、、、」てな感じで、白い目を向けられ無視されるのである。それで歌を唄っている人間は、しかたなく誰もが知っている有名な曲をやるはめになるのだが、自分はやらない。笑 日本のヒット曲を聴いて来ていなくて、知らないということもあるのだが、そうした大人の人たちの横並びの人生が、その人たちの背中に透けて見えて嫌なのだ。

まだ、のぼり旗は届いてないが、次回からはしばらく”他人の真似をしない唄”で公園に唄いに行こうと思っているのだった。

”食事をしようセレナーデ”ピアノ弾き語り動画

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荷物だらけ

猛烈な残暑にかかわらず昨日、井の頭公園で唄って来た。唄うたびに段々荷物が増えて来て困っている。コロナ明けから”オリジナルソング”ののぼり旗を立てて唄い始めたのだが、最初は撮影用の三脚(さんきゃく)のカメラの横に巻き付けていた。ところが風が強い日などは三脚が倒れてしまって、これじゃ駄目だと思い、公園内の自転車置き場などに立っている”ここが駐輪場です”といった公園内の他ののぼり旗を抜いて、その下の土台を唄っている時だけ拝借(はいしゃく)して来て、それにのぼり旗を立てて唄っていたのだが、ある時公園の警備員に見つかって、公園の管理物は使用しないように厳重注意されてしまった。

何も裏でコソコソして盗んだわけでもなく、唄い終わったらすべて元に戻しているのだから、そんな小さなことに目くじらを立てなくてもいいじゃないかと主張もしてみたのだが、クレーム通らず、仕方がないと、渋々、自分でのぼり旗専用の土台を買って現在は使っている。

そののぼり旗の土台、意外に大きくて、いつも井の頭公園には小さなキャリーバッグに荷物を詰めて、ギターケースを背負って行くのだが、キャリーバッグに入りきらないので、ギターケースに紐(ひも)でくくりつけて背負っていくはめになった。背負ったギターケースの更にその上に大きくて白い土台がくくりつけられているのである。そして手でキャリーバッグをゴロゴロ引いて街中を駅に向かって歩いて行くのであった。傍(はた)から見るととてもみすぼらしい格好で、帰りに腹が減ったとパン屋に寄ってパンを買ったりするのだが、パン屋の中に入ると、なんだか店員からなんでウチに入って来るんだ?という感じの白い目で見られているようで落ち着かないのだが、これも自分の人生と思って、最近はもうそうした冷たい視線も慣れた。笑

さらに、当初公園内では自分のオリジナルCDを誰も買ってくれる気配を感じなかったので、公園の道路上にただ並べただけのCDの展示の仕方に問題があるのではなかろうか?と思い、小さな組み立て式の段ボールのテーブルを買って、そこに風呂敷を引き、その上にCDを展示するようにした。私の音楽に興味を持ってくれた通行人が、そんなにしゃがまなくてもCDを眺められるようにしたつもりだ。

そして、立って私の唄をずっと聴いてもらうのも辛(つら)いかと思い、キャンプなどで使ったりするような伸縮(しんしゅく)式のイスを4つ買った。このイスに座って私の唄を聴いてくれればくつろげると思ったからだ。1曲だけ聴いてもらっても、たぶん私の唄世界はわからない、せめて10分ほどこのイスに座らせることはできないものかと考えたのである。

4つも買ったの?誰も聴いてくれる人もいないのに、1つでいいんじゃないの?と思われるかもしれないが、聴く側から言えば、誰ともわからない人間が唄っている目の前で、一人で座って聴くだろうか?ありえないだろう。せめて恋人同士のカップルか、友達同士の二人組くらいがイスに座って聴いてくれる可能性はあると思い、最初は3つ持って行っていたのだが、誰もそうしたグループが現れることもなく、キャリーバッグに入りきらないという理由もあって、持っていく数が2つになり、とうとう昨日は一つになってしまった。。。

大体、キャリーバッグにこの伸縮イス2つくらいが入る限界で、3つ持って行っている時は2つをギュウギュウにバッグに詰めて、残り一つを背負っているギターケースにくくりつけるしかなかったのであった。ギターケースにのぼり旗の土台とイスをくくりつけて行くのである。格好はさらに情けなくなったのであった。笑

このように、井の頭公園でライブをやるにつれて荷物が増えてしまって、困っているのである。先日、もう少し大きめのキャリーバッグを買おうかとホームセンターに見にいったのだが、ためらってしまった。まだまだ、この小さなキャリーバッグとギターケースで頑張れるはずだと思ったのだ。荷物の重たさや、外見の汚さなんてどうでもいいんだ。自分にはまだやるべきことがある!と考えたのだ。

そのイスの上には”お疲れ様です。お気軽にお休みください。鳥の鳴き声と一緒に唄を聞いていきませんか!-YUKIO 試聴イス-”という紙を置くようにしている。風で飛ばされないようにするため、周りの大きめの石っころを重しとしてさらにその紙の上に置くのであった。

このイスに座ってゆっくり私の唄を聴いてみませんか?そんな何万も使って音楽フェス行って電気で拡声されたでかい音を聴くよりも、自然の音と交じりあった等身大の音楽を聴く方がよほどリラックスできますよ!今の時期は蝉の鳴き声が後ろで大音量でかかっていますが、そろそろその鳴き声も小さくなってきました。これが虫の音に代わり、たまにカラスの鳴き声が静寂(せいじゃく)をその世界の均整(きんせい)を破ります。一番のおすすすめは森の鳥のさえずりです。鳥のさえずりと私の唄のハーモニーをぜひ聴きに来てください。イスはご用意いたしますよ。ただし最低1つ。それ以上の場合は事前予約ということで-なにせ荷物が多くて大変なんです-宜しくお願いします。

まあ誰もいないか。それでも公園に唄いに行く自分であった。笑 

人生って不思議。

私の最近の井の頭公園でのライブ模様がわかります。

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YUKIO根性論

窓から陽の光が入って、とても気持ちのいい午前中だ。本来は今日、井の頭公園に唄いに行く予定にしていたのだが止(や)めにした。膝(ひざ)が調子悪いのだ。昨年1年間できるだけ公園で唄うようにしたのだが、予想以上に自分の体に負担がかかっているみたいで、唄を外でうたうということは肉体労働であり、ものすごい重労働なのだなと実感している最近なのである。

膝だけでなく、喉(のど)も、かれ気味で、どうも気持ち良く唄えない。昨日土曜日に公民館のピアノ室でピアノに合わせて唄っていたのだが、盛り上がるところで声が多少かれていたりする。家族にそれは発声が悪いのよ、もっと腹から声をださないと!と檄(げき)を飛ばされたりもするのだが、確かに発声法を誰かに教わったこともないし、すべてが自己流なので、何が正しくて正しくないかはわからないのだが、たとえ正規の発声法を教わっていたにしても、唄をうたい過ぎれば誰だって喉はかれるわ!と思ってしまうのである。膝も喉も有限であって(限りがあって)、そんな根性論でそれを超越(ちょうえつ)して行け!と言われても、困るのであった。

土曜日に公民館のピアノ室でうたい、日曜日に井の頭公園で半日立って、続けてうたうことは、今の自分にとっては重労働過ぎるのかもしれない。土曜日にピアノ室に予約の入っている日の次の日曜日(今日のような日)は井の頭公園に唄いにいかなければいいだけの話なのだが、そうするとなんだかまた寂しい気がするのであった。笑 

どうせ井の頭公園で唄ったにしても、たいしたお金が落ちるわけでもないのに、なぜここまで自分は外で唄をうたうことにこだわるのか?自分でもよくわからないのである。この齢(とし)になると、周りはたぶん社会的に地位のある、いわゆる分別のある大人としてみなさん振る舞っているのだと思うのだが、幸いにしてというか、不幸にしてというか、(笑)そうした友達も誰もいないので、影響を受けないと言おうか、そういう悟った大人になりたくないと言おうか、とにかく自分の唄をわからせるまでどれだけ馬鹿にされても唄ってやるのである。

なぜだかって?それは自分の創った曲がとてもいい唄だと思っているから。

今日は休んでしまったが、来週どうしようか?来週も土曜日ピアノ室の予約が入っていて、日曜日井の頭公園で唄う予定になっているのだが、膝の調子があと1週間で治るようなものでもないと思うし、体を壊してまで唄い続けるのか?どうなのか?どこかで判断しないといけない。唄い続けるしか無いのだが。

結局は最後、根性しか無いのかもしれないな。

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