チャーシューメンのすすりかた

正直に話そう。我が家には肉を喰えない家族がいる。喰えないのか喰わないのかよく分からないがギョーザ以外の肉は一切口にしないのだ。私自身は基本好き嫌いまったく無し、出されたものはなんでも口にする。

こんな家族なので、家で食べる分には各々(おのおの)好きな料理を食べるので問題ないのだが、外食するとちょっと困った問題が多々発生する。特にラーメン屋に行った時に。

どんな問題が発生するかというと、ラーメンに乗せてあるチャーシューを食べないので私の丼(どんぶり)にそのチャーシューを食べてと渡されてしまうのだ。最近のラーメン屋さんは大概(たいがい)今は2枚ぐらい入っていて、その2枚を私の丼(どんぶり)に追加すると計4枚チャーシューが乗ることになる。麺が隠れてチャーシューメンになってしまうのだ。

チャーシューメンを頼んだつもりはないのだけど、家族でラーメン屋に行くといつもチャーシューメンになってしまう・・・。どういうことだ?自分自身でチャーシューメンを頼んだことは今までこの生涯の中で一度か二度しかないはずなのに、家族で行くと常にチャーシューメンを食すことになる。

そんなチャーシューが食べたくないなら、こちらに渡さず自分の丼(どんぶり)に残しておけとアドバイスを送った時期もあったのだが、もう最近は面倒臭いので渡されるままにチャーシューメンにしてズルズル、ラーメンをすすっている。

ラーメン屋のテーブル席なんかでは店主の目が余り届かないので、どうせ肉喰わないんだろ、食べてやる寄こせと言って勝手にチャーシューを箸(はし)でつまんでこちらの丼(どんぶり)に移すのだが、カウンターだけのお店でそれをやると結構お店の人から怪訝(けげん)な顔をされてしまう。

このオレの芸術作品を勝手に無茶苦茶にしやがって!美味しくないなら食べなくてもいいんだゾ!とは言われたことはないにしても、そんな気配をヒシヒシと背中に感じながらチャーシューメンをすすることになるのだ。

店主がこだわった、丼(どんぶり)の中にある小ワールドの完成された芸術作品を私も鑑賞したい!しかし家族で行くと鑑賞どころでは無くなってしまう・・・。注文するまでは期待に胸膨らませるのだが、いざ丼(どんぶり)が出てきてしまえば、もはや評論家になる前にチャーシューという現実がラーメンの上に横たわっているのだ。

チャーシューメンをすするということは私にとっては家族の味なのである。

音楽配信

”たまご”が割れて…

”たまご”という自分でつくったアコースティックギター弾き語りアルバムの最初に入っている曲があります。今回はこの唄の紹介をしたいと思います。

”たまご”・・・と言われても・・・みなさんは何を想像するでしょうか?卵焼き、目玉焼き、それとも生卵?何でもいいのですが、私がこの曲で唄いたかったことは”始まり”という意味合いのものでした。

このアルバムの始まり、そして私の唄の人生の始まりを高らかに宣言したかったのです。アルバムジャケットは鳥の巣の卵が光に照らされて今にも割れかかった状態の画像で”たまご”が割れ中身=音楽が流れ出て来る意味合いになっているのですが、私が説明しない限り誰も分かりませんよね!?(笑)

自分が作った紙ジャケットのオリジナルCDではCD盤は卵の殻(から)のデザインになっています。そう卵の中身は音楽なのです。

その1曲目が今回の”たまご”という曲で、実は私が若いまだ学生の10代の頃創った唄でして、その後歌詞を替えて完成したものです。当時ギターを弾き始めて間もないにもかかわらず結構いろいろ自分で試行錯誤(しこうさくご)しながら曲を創り始めていたのですが、ろくなものがありませんで(笑)唯一使えるなと思ったのがこの曲でした。

音楽的には間奏部分が私らしく、なぜか突然♭13が出てきます。なんでこんな音入れているのと言われても、なぜでしょうか?こう聞こえてくるのです。私の頭にはこう聞こえてくるので♭13は外せない音なのです。(笑)

♭13が何かわからない人は、別に♭13を知らなくても死ぬことはないだろうし今後生きることに不都合なことが起こることもないと思いますので無視しちゃって下さい。

そして歌詞は”たまご”をどう食べるかで悩んでいた子供の頃の気持ちを書いてみました。ラーメンや月見うどんに入っていた生卵や半熟卵を黄身(きみ)を崩さずどう食べればいいのか?固まっていない黄身(きみ)がスープに流れ出してしまう!スープに混ざってしまう!スープが台無しになるかと思えば意外にも黄身汁が混ざった方が濃厚になって美味しかったりして!そうかと思えば、麺を食べる前に卵を先に飲み干してみるとこれまた濃厚!美味しいとなったりする。あるいはおでんを食べる時に卵がツルりとすべって箸(はし)ではなかなかつかめず焦ってしまった記憶ないでしょうか?

そんなこんなで子供の頃はどうでもいいことで悩んだりするのです。しかしこうした疑問がすべての私の人生のはじまりのような気がして、音楽人生のはじまりにこの唄を1曲目に持って来ました。

さあ、はじめよう力抜いて 思うまま気軽に はじめよう頑張らず なすがまま気楽に

こうリラックスしないとやはりおでんの卵はつかめないのですよ。何をするにしても肩の力を抜いて。

世の中どうなろうっと知ったことじゃないよ 流行りを追うのも疲れる青空みていたい 誰にも邪魔されず眺(なが)めていたい

世の中、色メガネで見たってしかたがない、自分が屈折(くっせつ)するだけ。

人生というのは自分で決めていくものだと思っています。決められないのはこの世に生まれ出て来ることと死ぬこと。この最初と最後だけは自分で決められない。

”たまご”が割れて自分の音楽人生始まってます。悔いだけはないように。音楽配信

みそラーメン屋の店長さん

実は何年も前に健康診断で血圧がちょっと高いと引っかかって以来、毎朝血圧測定をする習慣がついてしまった。本当は夜、寝る前も測った方がいいのだがお酒を飲んでいるので止めている。

アルコールを辞めれば一番血圧が下がるのだろうが、そう頭で納得しているのに体がいうことをきかない。であれば降圧剤の薬を飲むか、食生活を改善するしかないわけだ。

周りの年配の人をみると、ほとんどの人が血圧を下げる薬を飲んでいるように思う。昔、ある人から血圧は齢とともに上がって行くものだから我慢して食べたいものを食べないより、薬を飲んで好きなものを腹一杯に食べた方がいいんだと言われたことがある。

その人は美食家でいろいろ美味しいお店を回るのが趣味のようだったのだが、確かに遠慮なく油っぽい料理からお酒まで味わっていたような気がする。ただ、こんなことも言われた。血圧の薬を飲むと死ぬまで飲み続けなければならないのだと。その言葉を聞いて私はゾッとした。言葉は悪いがなんだか麻薬か覚せい剤と同じもののような気がしてしまった。

美味しいものを食べる代わりに、薬を死ぬまで飲み続けなければいけない。上手く説明できないが、自分の体を薬でごまかしてまで食べたいその美味しさとは一体何なんだろう?

幸いにして私の場合、食に対する欲望がそんなに強い方ではないので、できるだけ薬を避けたいと思っていて毎日の食生活を気にするようにしている。

減塩醤油を使ったり、朝の血圧が高ければ漬物などを食べないようにしたり、最大の変化は毎食飲んでいておかわりまですることがあったみそ汁を今は1週間に1回程度しか飲まなくなったことだ。みそ汁の代わりにお茶を飲んでいる。

そんな食生活をしていると、無理にダイエットしてリバウンドするかのごとく月1回か2回たまにお酒をのんだ後、無性にみそラーメンが食べたくなり近所のみそラーメン屋さんに行ってしまうのだ。

そのみそラーメン屋さんで夜勤で働いている店長さんと懇意になってしまった。もう最近は結構酔っぱらって言いたい放題、いろいろな話をしてくるのだが嫌な顔ひとつせず私の話を聞いてくれる。今では唯一の私のおしゃべり友達なのである。

最初に口をきいたのは、確か一緒に働いていた店員さんが他のみそラーメン屋で店長をやっているという風の噂を聞いたと話しかけられたことだったように思う。それ以降なんだか、このみそラーメン屋に行く度に競馬の話やら、宝くじの話やら、みそラーメンをすすりながら世間話をたくさんして来る場となった。もう外で知り合いとお酒を飲むこともほとんど無くなったので、店長さんと話すことが私のストレス解消だったりもする。

最初にビール1本頼んで飲み干してから、みそラーメンを食べるのだが、話がはずむともう1本追加で飲むこともある。ツマミは前は志那(しな)チクの唐辛子漬けとゆで卵1つだったが、今は血圧を気にしてモヤシだけ食べるようにしている。

結構、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な振る舞い、たとえばお店から出ていく時に”ごちそうさま。”とかも言わずに無言で出口の扉を開けても、必ず”ありがとうございました~。”と、お店がいくら混んでいても私の背中に声をかけてくれたりしてくれるところなんか、ものすごくいいと思っている。

他のラーメン屋で食べた後、”ごちそうさま”といってカウンターの上に食器を返すのが礼儀だと暗黙の了解のようになっているのは前からどうも居心地が悪いと思っていた私としては、こうした自由な空気やどんなに態度が悪くても客は客として扱えというプロ根性をこの店長さんの人柄に見るのだ。

そんな店長さんと仲良くなって何年も経ってから、店長さんが若い頃、力士だったことを話してくれた。

力士(りきし)~っ!?

店長さん力士だったの・・・。カッコいい!!!!!四股名(しこな)は何だったの?とか、どこの部屋にいたの?とか、どんな相撲とってたの?とか、番付どこまで上がったの?とか、はじめて自分の目の前に普通じゃない人間が現れたので、戸惑って素人らしく根掘り葉掘り訊いてしまった。

残念ながら四股名(しこな)は未だに教えてくれないが、佐渡ヶ嶽部屋で、押し相撲だったらしく大鉄(だいてつ)とは何勝何敗かと言っていた。大鉄なんて昔、確か小結(こむすび)くらいまで出世した大柄な力士だったと思ったのだが、当人は関取にはなれなかったようだ。

その日以来、店長さんから昔の角界のいろいろな内輪話を聞くのが楽しみになった。ちゃんこの味は一門によって全然違うということ、時津風のちゃんこは甘いとか二所ノ関一門はしょっぱいとか、琴風(昔の元大関)は入門したてのころから特別扱いで、学校の成績が優秀だったとか、昔は朝稽古を見学に来たタニマチのお金持ちが稽古の勝敗を賭けていたこととか、このネット上で書いていいのかどうなのかわからないような危ない話とか、なんだか私にとって夢がいっぱいつまった話をたくさんしてくれる。

今の相撲協会の理事長、八角親方は現役の頃は横綱になるまで保志(ほし)と言ったが、店長さんは保志やケーキ好きで有名な横綱の大乃国を新弟子時代に相撲教習所で教えていたってことなのだから大したものである。

この齢になると、他人(ひと)とはもうほとんど友達として知り合うこともないのだろうが、先方はどう思っているかわからないが私は店長さんを心を開いた友達だと思っている。”ごちそうさま。”も言わずにお店から出て行っても、次行くと”毎度(まいど)”と声を掛けてくれる。

店長さんには自分の素性や音楽をやっていることも何も話はしたことがないが、チャンスがあれば自分のライブに招待できないかと思っている。その時は四股名教えてくれるかな?

琴味噌という四股名だったらどうしよう、、、

音楽配信

ゴールデンウイーク 行列情報

巷(ちまた)はゴールデンウイーク10連休中、しかも本日平成最後の日ということでTVも盛り上がっていますが、私といえば家で野暮用をこなしお昼過ぎのこんな時間にブログを書く始末。

けど、これでいいのだ。ゴールデンウイークに無理して外出して楽しかった思い出など一つもないし、どこへ行っても人で!人で!なんでそんな人が集まるところによりによって更に人が寄って来るのだろうか?

人間には2つタイプがあるように思う。行列に並んでまで買い物をする人と、行列があるとそれを回避する人。間違いなく自分は後者のような気がする。

東京にいると、この行列するという行為は避けて通れない。なにかある度(たび)に並ばねばならない。ラーメンを食べるのに並び、羊羹(ようかん)を買うために日が昇らないうちから並び-吉祥寺の小笹のことを言っている(笑)-、挙句(あげく)の果てには東京とは違うが草津で氷点下の中、温泉の湯もみを見学するためだけに寒い中馬鹿みたいに並んでいる・・・。

全部、ウチじゃないか~!!

なんでこうなってしまうんだ。オレは並びたくないのに、誰のせいとは言わないが、オレは並ぶの嫌なのに。

特に女性は並ぶのに労力を惜しまない生き物のようだ。並んで並んでバーゲンの人だかりで狂喜乱舞し、デパートの北海道展ではカニ弁当を食べたいがためだけに恐ろしい行列を作ってたり、宝くじを買うためにわざわざ行列のできる売り場に行ってみたり、なんだか行列すること自体を楽しんでいる気配すらある。

ついていけないのだ。

オレにはついていけない!なんでラーメン食べるのに並ばなくちゃいけないんだ!?並んでないラーメン屋に入ろうぜ。多少味は落ちるかもしれないけど、そんな変わりはしないって!カニ弁だってちょっと我慢すれば、1か月後には近所のどこかのスーパーで売ってたりするし!宝くじなんてどこで買おうが一緒じゃないか!?


けど、こんな愚痴をこぼしても無駄なのだ

わかってる。笑いあったりいがみあったりいろいろあるけれど、人はやっぱり人が好きなのさ。行列を見ると安心するんだ。行列に並びたいんだ。他人と同じ所にいると居心地いいんだ。いいよ、いいよ、オレはどうせはみ出し者。オレの分まで死ぬまで並んでくれ。そんなこと言う割には、誘われなくなると実は寂しい思いをしてたりもして・・・。人生ほどほどがいいのかも。

自分のライブに一度でいいからお客が集まりすぎてお店の前に行列できないかな?夢のまた夢だ。自分がお客だったら並ばないけどね。(笑)けどゴールデンウイークに書くネタじゃないなこれは。今日朝からがんばってるお父さん、お母さんお疲れさまです。音楽配信