静けさの中で

ホームセンターで安く買って来たCDラジカセが壊れてもう何ヶ月にもなる。昨年末に格安電話会社に替えた時に中古のスマホにしたのだが、今のスマホというのはイヤフォン端子が付いてなくて別途でワイヤレス・イヤフォンを買わなければいけないということを知らなかった。イヤフォンを付けずにそのまま外に音を出すしかないのだが、中古のせいかある一定のところの音が小さくしか出なくなっていてバランスがどうもおかしい。このスマホで音楽を聴きたくないと思ってしまい、仕方がないので替える前の電話もできなくなった古いスマホで聴いていたところそれも壊れてしまった。本格的に音楽を聴くにはパソコンにオーディオインターフェイスを繋(つな)ぎ、そこからさらにスピーカーを繋いで聴くしかないのだがもう面倒くさい。このような状況になってしまったので最近はもうほとんど音楽を聴かなくなってしまった。他人の音楽は聴いてはいないのだが、自分の音楽を創り上げる作業だけはなぜだか地道にやっている。(笑)

また昔からTVで歌番組はほとんど見て来なかったのだが、最近NHKの懐メロ番組にチャンネルを合わせるようになってしまった。演歌ばかりで自分の音楽とは関係がないと思いつつ、やっぱり歳をとると日本人はこうしたメロディーに哀愁を感じるのだと思わなくも無い気がしている。

こうした自分の他人(ひと)の音楽を聴くという姿勢に、ある一定の志向があったように前から薄々思っていた。それは誰もが若い頃年上のお兄さんやお姉さんにあこがれを持つのと同じように、自分は基本的に自分よりも年上の人の音楽を聴いて来ているのだ。自分の音楽に影響を与えたロックやブルース、ジャズ、レゲエミュージシャンなどは、自分が50代のいい歳になっているより更に上の世代なので、今やみんな亡くなって伝説化されているか或いは生きていても大御所と呼ばれ誰も批判できない評価の定まった人たちばかりなのである。

それに反して自分より年下のミュージシャンの音楽をどれだけ聴いて来たかと言うと・・・、名前を挙げられないのだ・・・。ミスターチルドレンやGReeeeNを聴いて来たわけでもないし、米津玄師を聴いているわけでもない・・・。宇多田ヒカルが流行ったのはもう10年以上前でそれすら聴いてない・・・。

若者を馬鹿にしている・・・!年功序列・・・!そんなつもりは無いのだが、客観的にみると若い頃で時間が止まっている。しかしポピュラー音楽そのものがいつの時代も若者のものでしかないのかもしれない。頭の中の脳ミソだけはいつまで経っても若い気分でいて、外見は白髪だらけの皺(しわ)だらけになってしまっている。

いつからだろうか?音楽をむさぼるように聴かなくなったのは・・・。若かりし頃、新しい流行りの音楽にいつもアンテナを張っていた。たぶん仕事が忙しくなった頃くらいから新しい音楽を買わなくなった。忙しさにかまけて音楽を諦めるのが嫌でライブだけは続けていた・・・。そのうち金儲けがこんなに面白いものだと思わなかったかのように夢中に働き、相手先と酒を酌み交わすようになった。周りは年上か同年代の人間ばかり、しかし50代となった今、気づくと周囲はみんな年下ばかりになっている、音楽はヒゲダンと呼ばれるバンドが最近は流行っているらしいが・・・興味は正直無い。しかしこの間も自分の音楽だけはああでもない、こうでもないと創り続けて来た。

新型コロナウィルスのおかげで、ライブを中断せざるを得なくなった。先日また一緒にやろうと誘われたりしたのだがまだ行っていない。とりあえずは音楽を聴ける環境が欲しい。昨日久しぶりにホームセンターで売っているラジカセを見て来たが、どうも欲しいものが見当たらない。来週は大型家電店にでも行ってみようか?それともまだこの音楽のない静けさの中で、朝、鳩(はと)の鳴き声や、夜、松虫の虫の音(ね)を聞いていた方がしあわせなのだろうか?

音楽配信中 作品「

メロディー

台風が過ぎて

昨日の夜にかけて台風があっという間に行ってしまった。玄関の屋根下が壊れていた。また猛烈に暑くなって来た。今週末は月1回やっている大久保水族館でのライブだ。何やろう?練習しないといけない。

今年になって「cocolo」と「太陽」という自分でつくったアルバムから曲を選んで、交互に毎月カラオケをバックに演奏する形をとっている。それ以前は鍵盤の弾き語りをやっていた。

本当は唄だけに専念したいのだがなんだかライブっぽくならないので、あえてギターのパートの音をはずしたカラオケをつくって、ギターを弾きながら唄う形をとっている。

お店の料金以外に自分で音楽チャージをとろうとして以来、ほとんどお客さんが来なくなった。ただ元々そんなファンがいたわけでもないので気にするほどのものでもない。友達がいなくなっただけだと思っている。(笑)

行ってあげたり来てくれたりの友達が欲しい訳ではなく、自分の音楽に価値を見出してくれるファンが欲しいのだ。そのファン一人を見つけ出すことが本当に大変なのである。

そこを誤魔化してライブをやってもしようがない。音楽は人それぞれ千差万別、いろいろあっていいし、そうあるべきだ。上手い奴もいれば下手な奴もいる。ただ自分が選んだ道は自分の曲で稼げるかどうかだ。まったく稼げてないけど、ここから逃げちゃいけない。どんなに白い目でみられようと言うべきことは言わないといけない。

もう齢(とし)なんだし時間がない。やるべきことをやらなくちゃ。音楽配信

チェッカーボードの帰り道

チェッカーボードからの帰り道 JR中央線高架下

昨夜はチェッカーボード(阿佐ヶ谷のブルースライブバー)でライブだった。今回は4組の出演で1番目ということで夜7時30分から40分ほど唄ってきた。他の3組は有名な黒人ブルースやジャズのカバーをやっている人達で前に何度か一緒になったような気がするが、ほとんど会話もしないのでどうだったかは定かでない。

お客さんは相変わらずいない。忌野清志郎が自分の音楽を人気がとれないマイナーなブルース音楽と言っていたがその通りなのかもしれない。しかし清志郎が死んだ時、あれほど葬儀場の前にファンが列を成して悲しんだのも事実。ブルースはマイナーな音楽かもしれないが音楽の力(ちから)はすごいものだと未(いま)だに信じて唄ってる。

今回はいつもと違ってギターソロを入れてみることだった。大久保水族館というライブバーで演奏する時はカラオケをバックに唄って間奏にギターソロを入れているのだが、今回は間奏にカラオケが無いのでギターソロ1本でお客さんに聴いてもらうことになる。心配だったがやってみた。結果は、まぁ良くもあるし悪くもある。

バックにハーモニーが流れてないので、他人(ひと)が聴いてくれるかな?と心配したが録音したものを聴いてみると意外に普通に聴ける。ただチェッカーボードで演奏するようになって創った”アーモンド”というブルース調の曲の間奏がギターソロだけだと小節が数えられなくなって一体どこ弾いているのかわからなくなってしまうという前からの疑問点が解決されていない。ここをなんとかしないと。

今回の演奏メニューは1.アーモンド、2.タクシードライバーはAチューニング、3.ボクはモグラ、4.答え、5.間違ってない、6.太陽、というもので、動画も撮ったのだが照明の光が自分の後ろから出たり入ったりしてどうも気になって仕方がない、演奏も結構タイミングがずれていたりなんかしてよくない。”間違ってない”という曲は前回上手く唄えなくて今回あらためて唄ってみたのだが4回繰り返すところ5回繰り返してしまったりしている。色々(いろいろ)あるが、後日まとめてyoutubeにアップしてみようと思う。

ライブ=生きてる、ことに間違いなんてないと思っている。自分の行動には何か意味があるのだ。行動には無駄なものは無い。遠回りには遠回りの意味がある。明日を信じてまた唄うだけだ。ライブ聴きに来ませんか。

あなたに出会えることを夢みて。

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