ボクの音楽作品

これまで4つ音楽作品をつくって来たのですが、なかなか売れず悔しい思いをしてきました。普通はここまで相手にされないととっくの昔に音楽を止めているのでしょうけれど、なぜか自分の方が世の中の大半よりいい曲をつくっているという気持ちが心の奥底にマグマのように渦巻いていてどうしようもありません。笑ってください。(笑)

たぶんこのまま、どこぞの馬の骨として死んでいくのでしょうけど後悔だけはしたくありません。頭にある音を全部外にはきだして野垂れ死にするのであれば本望だと思ってます。

じつは5つめの作品がもう出来ていてはやく表に出したいのですが、曲以外もすべて自分一人でやっているので前に進みません。今回の作品は前4つの作品からこぼれ落ちた曲と多少齢(とし)をとってからの曲を混ぜたものになっていて、そんなに難しい感じにはなっていません。

前2つは自分では渾身の作品だと思っているのですが、大手CDチェーン店で置いてもらう事すらもできず、であれば別にCDにしなくて配信だけでもいいのではないかと思ったりもして、音楽配信といってもストリーミングだとほとんどお金にならないし・・・、ダウンロードだけにしようかそれとも今の時代やはりストリーミングサービスは無視できないから併用にしようか?とか悩んでます。

ホームページも自分でつくっているので、5つ目の作品のページをあたらしく制作して追加しないといけないのですが、このブログを書いたりユーチューブの動画を作ったりしたりなんかしてなかなかそれすらも思うように進んでいかない。

本当は唄をつくって唄ってたいだけなのに、ミックスやってマスタリングやってジャケットつくらなければいけないし、音楽配信の手配もしなければいけない、ホームページに新しいページをつくって、ブログ更新して、ユーチューブ動画編集して、購買に直結するランディングページをつくらないといけない。そのうちライブの日が近くなってきて多少ギター弾いたりして練習して・・・。

フェイスブックやツイッターにどうでもいいことつぶやかなければいけないし、インスタもそういえば随分投稿していない。本当はこんなことどうでもいいんだ・・・。

唄を唄ってたいだけ。ただ、それだけ。

それだけのためにがんばる!遅々として進んでいかないけど、ひとつひとつ目の前のものをこなすしかないんだ。音楽配信

昭和のなおし方

ここ10日間ほどこのブログを更新していなかった。していなかったと言おうか、できなかったと言った方がいいかもしれない。ワードプレスというソフトウエアを使って更新しているのだが、アドレスの末尾にwpとついたり、ページの下にワードプレスと表示されるのでそれを消したりしたところ、いろいろな不都合が起こってしまい、その対応にものすごい時間がかかってしまったのだ。

別に表示されるままにしておけばよかったんじゃないのと言われれば、おっしゃる通り、それでも全然構わなかったのだが、ネット上にアップされてるサイトを見ていると誰もwpをつけていたりもしないので自分も消しました。

オリジナルの曲を主張する割には、周りの視線を気にする自分が恥ずかしい~!

だいたいもう少しこのブログを始める最初からwpを消しておけばよかったじゃないか。そうなのだがやり方がわからなかったのだ。どんどんページが溜まってから変更すると多大な不都合が生じる。もう嫌だ。

けどネットに関して全くわからなかった自分がよくここまで来たなと感心するところもまたあるのも事実。他人(ひと)に作ってもらったホームページがスマホ対応になっていないため、自分でなんとかしようとあれこれ試行錯誤し始めたのが最初だった。

どうにかこうにかスマホで見れるようにしたついでにこの日本語のブログと話せもしない英語、フランス語、スペイン語の各ブログまで開設してしまった。アクセスも何となく増えてきて、調子に乗り始めるとこの体(てい)たらく。私の人生そのものじゃないか。調子に乗っちゃいかん。調子に乗っちゃ、、、。

ただ未(いま)だに、ネットあるいはパソコンに関してはわからないことが多過ぎる。わかないことを解決しないまま、このまま進んでいいのだろうか?いずれまた同じ疑問点にぶつかるのだ。まあ、ぶつかったらぶつかった時にまた考えればいいよ。その時はその時だ。

パソコンがトラブった時も、結局自分でパソコンをバラバラにしてハードディスクをはずしてSSDを入れたりしたりしたこともあった。そのおかげで結構パソコンにも詳しくなった気がする。何事も痛い目に合わないと覚えやしないのだから自分は。

お恥ずかしい話だが、まだ奥行きのあるブラウン管TVが主流だった頃、我が家ではTVが映らなくなって故障した時などは、TVの横をドン!と叩けば直ったりして、調子が悪くなる度(たび)にTVの横を叩いて、とうとう映らなくなってしまい電気屋さんに修理に来てもらったところ、中を開くと機械そのものが下にくずれ落ちてしまっていて直しようが無い、こんな無残(むざん)に壊されたTVを見たのは初めてだと言われてしまったことがある。(笑)

パソコンにしてもワードプレスにしても?。昔のTVのようにドン!と叩けば直ってくれないかな?自分が生まれてこの方、世の中なにが変わったかと言えば何も変わってはいない。ただ変わったと言えるのはパソコンとか携帯やスマホを使うようになってインターネットで何でも調べられるようになったことだ。こんなもの昔は無かった。ただ契約もそうなのだが、操作も複雑でそれなりに勉強しないとなかなか使い勝手が良くならない。だからみんな下を向いてスマホと睨(にら)めっこしているのかもしれない。

今さら昔に戻れるわけでもないのだが、ちゃぶ台の前でTVを見ながら家族みんなで食事をしていた頃の方が人間は幸せだったのではないか?複雑なパソコンやスマホ、ネットプラグインの操作を時間をかけて目を悪くしてまで勉強し、一人の世界に没頭して実際なにかいいことがあるのだろうか?

今、見てるパソコンのモニターの横をドン!と叩くと、グーグルからなんでこんなエラーメッセージが来たりするのか?このブログのファイルがどこにバックアップされているのか?今の私のわからないことを瞬時になおしてくれたりすると助かるのだが。

単純な昭和なパソコンやスマホが欲しい…

音楽配信

夢の設計図

自分の音楽を説明するには楽譜が必要なのだろうか?前回自分の曲を説明するのに苦労したのでフトこう思ってしまった。

もう最近は他人(ひと)と一緒に演奏するということがない。すべては自分の頭の中にあるのだが、今まで他人(ひと)と一緒にやって自分が思ったような演奏ができた試しがない。原因は私が楽譜を書いて渡さないというものでは無いと思う。

一番の理由は、たぶんお金が発生していろいろな利害関係がからまった仕事として他人(ひと)が私の音楽に取り組んでくれなかったということだ。要は儲からないので、わがままに自分の好きなようにやりたいだけで気の合うところはそれでいいのだろうが、理解し合えない部分は適当にごまかして演奏されてしまうということだった。趣味の世界であればそれは当然なのだが、まったく儲からないにしても私は趣味で音楽をやって来たつもりは毛頭ないので、多少スケール音の譜面を渡したりなんかもして具体的にこうしてくれと言うのだがお金がからんでないとやはり適当なのだ。そのうちなんでお前の言うことを聞かなきゃいけないんだという態度になってきてお互い気まずくなるというパターンだった。

お金と譜面を渡してクラシック音楽のように譜面通り演奏するというのも手だが、そこまでやってくれる人間関係も無かった。みんなが知っている世間にもう認知された有名な曲であれば、譜面を見ながら楽しくできるのかもしれない。しかしどこの馬の骨ともわからない人間にああでもないこうでもないと指図されればどのような人間でも好い気はしない。結局はすべてを一人でやることになった。

一人でやっていると譜面は要らない。自分の頭の中を整理するだけだ。ところが前回ブログのように聴いてくれる人に対して自分の音楽を説明しようとすると多少コード進行がどうのこうのとかスケール音がどうとか入れてしまわなければいけない。聴いている他人(ひと)にとってはそんなことどうでもいいことなのだろうが、曲がどのような骨格でできていてどういう風に肉づけされているのかをお知らせしないといけない。他人(ひと)は音をただ聴いていると思っているだけだが、実はその背後にある曲をつくった人の考え方を聴いているのだから。

他人(ひと)に自分の気持ちを伝えたいために自分は唄をうたっている。この世に生まれてきた幸せや、不条理を。譜面を伝えたいわけではない。ただ伝えるためには手段が必要なのだ。たぶん私の場合はそれは音楽の設計図のようなもののような気がする。このブログを含め小さな夢の設計図だ。音楽配信