銀座のクラブでピアノを弾いてみたの巻

自分はギターも弾くしピアノも弾く。昨日はギター弾き語りの路上ライブ挫折物語を語ってしまったが、今回はピアノ弾き語りでの挫折物語を紹介したい。つい思い出してしまった。(笑)

本来はギターを弾くよりピアノを弾く方が全然好きで、家に生ピアノがないだけである。ギターもそうなのだがピアノも基本楽器演奏を聴かせようとは思ってなくて、あくまでも唄の伴奏に使うもので唄の友だと思っている。厳密にいえばピアニストとは言えないのだと思う。

しかしながら前にピアノライブに飛び込みで来てくれたイタリア人の女性にバッタリ街であったりして声を掛けると、”ああ、あの時のピアニストの人・・・”とか言われたりすると、オレってピアニストに見られてるんだと思いまんざらでもない気分になったりもする。(笑)ピアニストとは自分の実像の上をいく言葉なのである。(笑)

そんな勘違いしそうになってしまう私ではあるが、10年くらい前に銀座のクラブにピアノを弾きに行った話を今回はしたい。当時ミクシィでノルマ無しライブのできる都内のお店というページをいつも見ていたところ、銀座のクラブが新装オープンするのでそこでピアニスト募集と出ていたのである。大胆にも応募してしまった。(笑)オーディションやるので何日に来いとか連絡がきたので行ってみた。

思ったより小さくて汚い店構えだった。銀座のクラブというともっと豪華で贅沢な感じだと思っていたのだが、まだオープンしてないので内装も工事中だった。そこにポツンとグランドピアノが置かれてあって、ピアニストだけではなくて芸人も募集していたのでそこに募集してきた若者が芸をやっていたりもした。

私の番が来てピアノを弾く前に”自分はオリジナルの曲しかできない。お客さんからリクエスト曲が来てもたぶん応えることができないのでそれでもいいですか?”と断わりの文句を入れてみた。この問題をクリアしなければオーディションを受けたって仕方がないのだ。”全然構わないですよ。”と言われ随分太っ腹のママさんだなと思いつつ鍵盤を触った。

もの凄い緊張してたので、「いとしの花子ちゃん」という左手のベースラインが動く曲をやろうと思ったのだが指が震えて左手が動かない。2度3度と間違えて、この人大丈夫かという空気が漂ったところでなんとか動き出し最後まで唄ってみた。

”・・・・。”ママさんはなんにも言ってこない、しばらく沈黙した後”アナタの一番自信を持ってる曲を弾いてみてよ。”と言って来たので、迷わず「仕事帰りの道すがら」という曲を唄ったところすんなりとなぜか合格してしまった。(笑)合格していいのかな?と疑心暗鬼にもなっていたのだが、”何日に来て頂戴。”というのでその日はおとなしく帰って、その何日の日にまたその銀座のクラブに行った。

オープン初日だったのかもしれない。もう遠い記憶なので忘れたのだが、そのママさんのタニマチみたいな男の人がいてリーハーサルだとかいって何か1曲弾いてくれと言われ、オリジナルしかできないですと断わりを入れて「愛してる」という曲をスタッフの全員の前で唄った。あいかわらず指が震えていた覚えがある。

そしてお店開けるから、お客さんと盛り上がった後にピアノを弾いてくれればいい連絡入れるのでそれまで外で待機していてくれと指示があったので、言われるままに外に出た。何にもすることがないので近くの喫茶店に入ってコーヒーを飲みながら連絡が来るのを待った。1時間経っても何の連絡もないので辛いなと思い始めた。1時間半になり、そうだなみんな酒を飲んでるんだからこんなのいつになるかわからないよな・・・と思い始め、あと30分待って連絡来なければ家に帰ろうと決心した。2時間経ってもやはり連絡が来ないので。家に帰って来た。(笑)

どうしたの?銀座にピアノ弾きに行ったんじゃないの?と家に帰って言われたのだが事情を簡単に説明して、疲れたので風呂に入った。体を洗ってお湯につかっている途中にどうやらやっと連絡が来たようで、風呂のガラス窓の向こうから”携帯電話が鳴っているわよ!!出ようか!?”と言われたのだが、”出るな!出なくていい!!”と浴槽の中で叫んでいた。

銀座のクラブとはそれっきりである。そのクラブがいまだに銀座にあるのかどうかもわからない。苦い思い出である。音楽配信

オリジナル音楽の売り方

最近は時間がないものだから何も考えず好き勝手このブログを書いている。これじゃいけない、もうすこし他人(ひと)にもわかりやすいネタでと思うのだがそのネタを考える暇も無い。(笑)自分のことばかり主張しているような気がしてどうもよろしくない。もう少し冷静に考えてみよう。

自分はオリジナルの唄をやっている。そしてそのオリジナルの唄を売りたいと考えているがなかなか上手くいかない。商売として音楽制作を考えるならばもっと他人(ひと)が今何を求めているのかとか、何が流行っているとかそこら辺を取り入れたりしなければいけないのだが自分はやってない。(笑)

なぜやってないかと言われれば、それはやはり自分はスタジオミュージシャンではないのだ。どんな曲でもこなせて誰とでもセッションできるミュージシャンを端(はな)から目指していない。基本自分の曲をやりたいだけである。

自分の気持ちを届けたいのだ。楽器の上手い下手はほとんど興味がなく曲の構造に関心が惹きつけられる。

グーグル検索して最初のページに出て来るのはほとんどがその検索した人の役に立つハウツーものだったり、ユーチューブで閲覧回数が多いのもやはりギターの弾き方や料理の仕方といったもので、そうしたやり方をしないといけないのだろうが自分はできないのである。

他人(ひと)の役に立つ情報をアップするのではなく、自分の主観をアップしている。(笑)こんなことをして商売成り立たせているのは有名な芸能人だけだ。(笑)

しかしなにか方法があるはず。まだ気づいてないやり方が。どこかにきっとある。音楽配信

オリジナル唄へのこだわり

”うた”は英語でsongだが、漢字にすると一般的に”歌”にするのが普通なんだと思う。ただ私の場合、”歌”よりも”唄”の方に実は愛着があって、意識的に自分の曲を紹介する時に”唄”を使ってたりもする。

理由は大きな声でシャウトするような曲ではなく、かと言って小声でつぶやくような曲、たとえばボサノバ調(そうした曲もあるのだが、、、)ほど極端に小さい声でうたう曲でもなく、、、うまく説明できないが、要は鼻唄まじりの延長が自分の”唄”なのである。

風呂場に入って湯気の中、くつろいでつい鼻唄を口ずさんでしまう。そのメロデディーが私の音楽の原点”唄”なのだ。

ギターやピアノの楽器演奏も同じ感覚なのだが、唄もそうで、”上手い”という基準がよくわからない。世の中であの歌手が歌が上手いとか、あのギタリストの演奏が上手いとかよく言われるが、ただ声が出るとか、速く弾けるとか、そうしたものに実は私は全然価値を憶えてなくて、”上手い”の基準はいかに自分らしく演じられるかが自分の中の本当の心の中の基準なのである。

だから”唄”は自分に誠実でなければいけない。自分にウソをついちゃいけない。そこが始まりである。だからこそ自分にしか唄えないオリジナルなのだ。

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