パンク少年だった頃

もうロックを聴かなくなって久しいが実は音楽を聴き始めた若い頃はパンク音楽が大好きだった。タイヤのパンク音ではなくてパンク音楽だ。(笑)今の時代、知らない人もいそうなので簡単に説明しておくと、大人の社会に反逆しようと髪の毛を逆立てボロ衣をまといエレキギターで3コードをかき鳴らすイギリス発祥の若者の音楽だ。

代表的なところで海外ではセックスピストルズやクラッシュ、ジャムといったバンドがあって、日本でもアナーキーというバンドがあったりした。アナーキーのヒット曲で”シティサーファー”というものがあって、”シティサーファー”と歌っているところがよく聴きとれず”チーチーパーパー”と真似たものだった。

生まれてはじめてコンサートに行ったのもパンクバンドのスターリンというバンドだった。(笑)オールスタンディングで髪の毛を逆立てたパンクス達がステージ前で飛び跳ね、ボーカルで歌を歌っている遠藤ミチロウになぜだか唾(つば)を吐きかけ、しまいには後ろで喧嘩(けんか)がはじまっていた。(笑)今となってみれば笑ってしまうが若い頃はこれがロックだと思い、少し大人になったと思えた瞬間だった。(笑)

自分の音楽の始まりも学園祭でパンクバンド風に唄をうたったことだった。当時まだ作曲することに興味がなく作詞だけだったのだが「パンクの詩(うた)」という唄をみなさんの前で披露したのである。歌詞は”パン屋がロックをやるよりも~、米屋がロックをやるよりも~、パンクがロックをやるのが最高だ!”というたわいのないもので、この安直な韻(いん)の踏み方は今でも結構気に入っている。(笑)

反逆の証(あかし)として髪の毛をデップで固めて逆立て、髪染めの知識もなかったので金色のポスターカラーを塗りたくってステージに立って熱唱したのだった。熱唱したのか、がなり立てただけだったのか今となってはわからないが、(笑)あの時の興奮が自分の音楽のすべての始まりのような気がする。

時がたち遠藤ミチロウさんもスターリンを解散して何十年も地道にライブハウスで歌ってこられたが、先日新聞か何かで癌でしばらく休養するとか出ていた。今となってはあのパンクムーブメントは一体何だったのかと不思議に思ったりもする。

最近の風潮として余り世の中を否定するような表現が無くなったような気がする。表に出ないだけなのかもしれないが、肯定的な表現ばかりじゃ息がつまってしかたがない。何を本心を隠して格好のいいことばかりを言ってるんだと思ってしまうのは私だけだろうか?たぶんSNSで除け者(のけもの)扱いをされまいとみなさん気を使っているのだろうと容易に想像できるのだが、テレビのコメンテーターでもあるまいしもっと自由に言いたいこと言おうぜと私が言っても今さらどうしようもない。

若者よ立ち上がれ~と言ったところで立ち上がるはずもなく、今風の流行りとすればもっとお洒落にフェスに行ってキャンプを張ることなのだろうな。(笑)

実は近所にパンクスがモヒカンだとか髪のセットに通う床屋がある。パンクスだけではなく一般の人もカットしてくれるので、料金も安いし2度ほど行ったことがあるのだ。女の社長さんで一人で切り盛りしているらしくパンクスに交じって普通にカットしてもらった。(笑)

カットしながら話しかけられて自分もオリジナルの音楽をやっていると言ったら、どんな音楽なの?と根掘り葉掘り訊かれて曖昧に応えていると、”なんだかボサノバやってる感じがする・・・。”とか言われてしまって、”まぁそんな曲も無きにしも非(あら)ずかな・・・。”とかまたお茶を濁すと、それっきり会話が弾まなくなり気まずい思いをして帰って来た。

余り楽しくなかったのでもう何年もその床屋さんには行かなかったのだが、先日もう私のことを忘れてしまっているだろうと思い久しぶりに行ってみた。しかし会話は一切なし、無言だった。これで初めて気づいたのだ、

パンクスはボサノバが嫌いだってことを・・・。音楽配信

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