土曜のピアノ

こちらが私の音楽の心臓部、生ピアノです。自分の家に置いてあるわけでなく、1週間か2週間に1遍(ぺん)土曜日の午前中、近所の公民館に行くのです。そこのピアノ室を借りてああでもない、こうでもないと思いついたアイデアの肉づけ作業を行うのでした。今回はこの荻窪公民館のピアノ室について語ろうと思います。

もうこの公民館のピアノ室に通うようになって10年以上経(た)ちます。晴れの日は自転車で、雨の日は電車で荻窪駅から10分ほど歩きます。なぜこの公民館にピアノ室に通うようになったか?それはもう料金が安いからに他(ほか)なりません。1時間100円でいつもは2時間借りて200円です。音楽のリハーサルスタジオに行くと最低1時間500円はかかるので、かなりお得(とく)!やっぱり税金を払っているのであれば行政サービスを使わなきゃ損(そん)、損(そん)。

てなわけで昨日も行って来たわけですが、実は自分の好きな時に行って勝手に弾いて帰って来れるわけではなくて2か月前に予約して更に抽選があってようやく何月何日にピアノが弾けることになるのであります。当然料金が安いので応募人数もたくさんいて抽選にもれたりしてなかなか大変なのです。そんな時は競争を避けて倍率の低い、また別の高井戸地域センターのピアノ室を予約したりなんかするのでした。高井戸のピアノ室は料金が高いのです。前は1時間300円もしたのですが先々週行った時は200円になっていました。たまに高井戸に行くと気分が変わってなかなか爽快な気持ちにもなるのですが自転車で行くと結構距離があったりして、自転車ももう古くなりペダルを漕ぐのも結構億劫(おっくう)になってきたりして、なんだか最近は重たいのですよね。タイヤに空気を入れなきゃ。油を差した方がいいのかもしれない。

高井戸に行く日が雨だったりなんかした場合は吉祥寺経由で井の頭線に乗って行ったりもします。帰りはなぜかいつも吉祥寺ひとつ手前の井の頭公園駅で降りて井の頭公園を傘を差しながら散策して吉祥寺駅に戻って来たりもします。まさか自分がその井の頭公園で唄を唄い始めるとは思ってもみませんでしたが。(笑)

話が逸(そ)れましたが、高井戸はたまに行くだけでいつもは荻窪公民館のピアノ室にお世話になっているのであります。最近はコロナのせいもあってピアノ室に入る前の受付でピアノ専用の除菌クリーナーを渡され、弾く前に念入りに吹き付けてタオルで鍵盤を拭(ふ)くのでした。

隣はオルガン室になっていて、オルガン室の方はオルガンの練習ばかりやっているというよりは、いろいろな人がいてサックスを吹く人や、ギターを弾く人、オペラを歌う人など隣部屋からさまざまな音が聞こえて来るのでした。壁は防音になってはいるのですが何をやっているかははっきり聞こえて来るのです。一番多いのはサックスの人で昨日はめずらしく”イパネマの娘”(ボサノバの有名な曲)が聞こえて来たりもしました。(笑)洒落(しゃれ)てるねと思いつつ私も自分のオリジナル音楽のまだ歌詞のついてない曲を鼻唄まじりで唄ったりなんかするのですが、先方には私の鼻唄ピアノ弾き語りがどのように聞こえているのでしょうか?結構隣の部屋で笑われたりしているのかもしれません。壁一枚を挟んだ隣から聞こえて来る音楽を向こうはどのように思っているのかはわかりませんが、微妙な関係で気づかないふりををしてお互い練習に励(はげ)むのでした。

終了時間の5分ほど前には練習は終了。退出し、最近はトイレで手を念入りに洗って、受付に除菌クリーナーを返しに行くのでした。晴れの日は自転車に乗って家に直帰、雨の日は荻窪駅地下の魚屋で旬(しゅん)の魚を眺めてから電車に乗って帰って来るのであります。

その後、家で昼飯を食べてからピアノ室で録った音源を聴きながら眠くなり昼寝したあと阿佐ヶ谷にクラシック音楽を聴きに行き土曜の午後は過ぎて行くのでありました。余りに長閑(のどか)。余りに退屈。けど自分にとってはGO TO トラベルやGO TO イートでいろいろなところに遠出をするよりも、こうした時間がなんとなく幸福だったりするのです。

荻窪公民館ピアノ室。こんな感じでゆるく練習なんかしたりしてます。鶴田浩二の”街のサンドイッチマン”アレンジ変えました。

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一期一会(いちごいちえ)

ご無沙汰しております。ここ1ヶ月以上このブログを更新してませんでした。余りに久しぶりなのでログインする管理画面に到達するために、やり方を忘れてしまい午前中の時間すべてを使ってしまいました。(笑)仕事もせず何をやっているんだ!と思い切り叱(しか)られそうですが今日は日曜日、休日なのです。休みの朝からブログでもたまには書くかと思いいつもと違うパソコンに向かうとログインできないのです!朝飯も抜きなんとか管理画面に到達できないかと悪戦苦闘したのですが、結局いつも使っているパソコンからログインする羽目(はめ)になってしまいました。疑問は解決したのですが、あいかわらず自分のアタマの間抜けさに愛想が尽きた次第。今更、変われるものでもなく今日も空は青くて広いぞ~!(笑)

ということで最近何をやっていたかと言うと、昔つくったギターとピアノで弾き語って来た曲のバンド化作業のいよいよ最終段階唄入れをやっていたのでした。自分でつくったバンドカラオケ演奏にメインのボーカルを近くの音楽スタジオに行って録音していたのであります。(笑)一番肝心な部分なので神経を使わなければいけない時期なのですが、世間一般の仕事が世の中がコロナで止まっていた時期から徐々に胎動がはじまっている感じで忙しくなって来たりもして音楽だけに集中するというのはなかなか難しい環境だったのですがなんとか録り終えました。しかしこれで安心というわけではなく必ず何処かにおかしなところが出て来たりもするので、もう暫(しばら)くは自分の音楽を冷酷に眺めてみようと思います。

さて毎回録音時にはその時ごとに自分なりのチャレンジをしているのですが、今回の目玉はマイクを替えてみることでした。今までは師匠の楽器屋の店員さんから宅録するにはこれで十分と勧(すす)められたマイクを使っていたのですが、いつまでも生きているわけではない今回がたぶん最後だと思い、思い切って高価なマイクを使ってみたのでした。そのマイクとはノイマンというドイツメーカーのもので昔からどこのレコーディングスタジオにも常備されている最もスタンダードなものらしく、価格が30~50万くらいする高価なもので、欲しいけど買えないと諦(あきら)めかけていたのですが、検索してみるとレンタルで貸してくれるところもあって、しかもその業者前にフェンダーのジャズベースを借りたところでもあり、3社ほど料金の相見(あいみつ)をとったのですが、そこが一番安かったので思い切って借りてみたのでした。

ノイマン U-87 Ai スタジオでこんな感じでセッティングしました。

いざ使ってみると、なんてことはない普通のマイクでポップガードもつけてうたっているのですが結構ポップ音(唄とは別の雑音)も入ったりして違いがよくわからなかったのですが、ミックスやマスタリングして行く内にこれが段々違いが出て来るのだろうなと思っています。

ポップガードも付けましたが、、、

唄い方に関しては今回なるべくワンテイクで録るようにしました。昔、飲み屋で美空ひばりにはテイクワンしかなく、テイクツー、テイクスリーはあり得ないと聞かされたことがあり、美空ひばりほどでないにしろ自分もそれほどの覚悟で唄をうたってみたいと思ったのでした。

思ったのは良かったのですが、自分の使っているロジックプロという音楽ソフトは曲を再生している途中によく止まってしまうので有名なソフトなのですが、今回も例にもれず、この瞬間は二度と戻らない!悔いのないように!と集中して唄っている途中でオケが止まってしまうのです。(笑)ウ~ッ。この心のダメージから回復するのもままならず、テイクツー、テイクスリーを録ったりするのでした。(笑)現実はそんな格好良くはいかない。

ただ短期間で何十曲も録ったので、喉(のど)が多少枯れてたりもしたのですがそれはそれで運命だと思いなるべくワンテイクで録るようにしました。人生は一期一会(いちごいちえ)。その瞬間、その瞬間を大切に。間違いなんて無いのだから。

こんな感じで手作り感満載で唄ってます。(笑)

次はこれから、この20数曲をもう一度チェックしなおしてOKであれば最後ハモりを入れなければいけない曲を見分けて、必要な曲にはハモりを入れようと思ってます。これがまた難しいんだ。

さてこのブログを書き終えたら散歩に行こう!天気も良いし。

音楽配信中です。聴いて気に入ったらお買い上げいかがなものでしょうか?

♭9thの花子ちゃん

昔つくったギターとピアノの弾き語り曲のバンド化作業がだんだん佳境(かきょう)に入って来た。そんな時に限ってギターやパソコンが故障なんかしたりして水を差されたりする。久しぶりに息抜きをしようと思ってこのブログに向かってしまった。ただ息抜きになるのかな?誰も聴いてくれないオリジナルソングに人生の時間とお金をかけている。おかしなものだ。先日のテレビの歌番組のテーマにもあったが人はなぜ歌をうたうのだろう?まあ、こんなこと考えても憂鬱(ゆううつ)な気分になるだけなので今回はなるべく楽しげな自分の唄を紹介してみることにしよう。

「いとしの花子ちゃん」という曲で、若い頃につくった昔からギター、ピアノ弾き語りどちらでも唄っているオリジナルソングだ。今やっているバンド化作業中の唄の中にも入っていて、もう何十年もどうも怪しげに見えたコード進行を1箇所だけ見直した。

唄の内容は、貧乏な主人公の男の子が彼女の花子ちゃんを連れて銭湯に行った帰り、その風呂上りの花子ちゃんの姿がとても綺麗でドギマギしたり、彼女が泣いている姿を見て”泣かした奴は許せん!オレが成敗(せいばい)してやる!”と勇むのだがその原因は自分であることに気づいて、困った、困った、安アパートに帰ってTV見ながら二人仲良くラーメンをすするというほのぼのとした設定になっている。

昔、ライブでこの曲を聴いた女の子から、この花子ちゃんは実際にいた人物なのかどうか問い正された記憶があるのだが何て答えたかはっきり覚えていない。答えはイエスでもありノーでもあるとここでは言っておこう。(笑)

そんなことよりこの曲を作ろうと思ったのは、RCサクセションの売れて無い頃の一番古いアルバムで「シングルマン」というアルバムがあるのだが、その中に忌野清志郎が歌っていない「大きな春子ちゃん」という曲が唯一1曲だけあって、その曲の雰囲気を真似してみたかったからだ。歌詞はチビな男の子の主人公が好きになった自分より背の高い女の子、春子ちゃんに向けて”キミは大き過ぎるけど、ボクを認めておくれよ!”というもので、この行き違いになったようなコミカルなラブソングの世界観を、歌詞の内容を変えて創ってみたいと考えたのだった。ちなみに「シングルマン」の最後の曲は「スローバラード」といって有名な曲だ。

歌詞の解説はここまでにしておいて、今回語りたかったのは、この「いとしの花子ちゃん」のコード進行が自分で創っておいて昔から腑(ふ)に落ちない箇所があって、そこを今回見直すことができたのであった。ここからは音楽をやっている人向けに書くのであしからず。

花子ちゃんのコード進行はこうなっている。C→Am→Dm→G7の典型的な循環コードを繰り返しAm→G7→Amと来てあるコードに行ってそこからクリシェに行くという進行になっていて、、、滅茶苦茶だな(笑)、、、クリシェはDmでDm→Dmmaj7→Dm7→Dm6と行き最後3コードのサブドミナント、ドミナント、トニックとつながるF→G7→Cで完結している。

そのあるコードというのはディミニッシュ(以下dim)なのであった。dimを入れていたのだが、元々はこの曲アコギでジャカジャカ弾きながら創った曲でギターで弾き語る場合はそんなに問題を感じることは無かったのだが、ある日循環コードのところに6度を入れたベースラインが浮かんできて、そのベースラインを強調したいがためにピアノで弾き語りをするしかなくなってそのdimの基音(ルート)を決めてC#dimとしたのだった。曲の一貫性を保つためにこのC#dimのところもベースラインを作ったのだが、ある日この曲のベースを弾いてくれたベーシストからdimがコードトーンしか出てこないベースラインはおかしい、普通こういう弾き方はしないと鼻で笑われたのだった。

普通AmからクリシェのアタマDmにいくにはDmのドミナントであるA7がここに入るのだろう。しかしAm→A7→Dmとして唄っても唄えるのだが何かが違うのである。私が主張したい響きが無いのだ。dimの響きを入れないとこの唄は成立しない!このベーシストかなり上手くてスタジオミュージシャンになって行ったのだと思うが、唄を創ることの大変さを解っちゃいない、自分の表現したいものが出て無ければそれが音楽理論上どんなに正しかろうと意味が無い!自分は間違っちゃいない!とその当時思い、ずっと何十年もこのdimを使ってこの唄をうたい続けて来た。

「いとしの花子ちゃん」ピアノ弾き語りディミニッシュ版

ただどうしても心に引っかかるものがあり、時間がある時にはなんでこうなるのだろう?と、ああでもない、こうでもないと自分なりに分析はしてきたのであった。

C#dimの構成音(コードトーン)はド♯、ミ、ソ、ラ♯である。そしてメロディーはその上をド♯とレしか動いていない。普通dimのスケールはコードトーンから全音、半音、全音、半音・・・の交互で動いて行く。メロディーはコードトーンのド♯の半音上レに行っている。dimスケールでベースを弾くにはメロディーがぶつかってしまう。それでたぶん自分はdimのコードトーンだけを使ってベースラインを本能的に作ったのだ。それでも十分に唄えるのである。

ただこのベーシストが言うようにコードトーン以外のスケールを使ってメロディーに合わせようとするとコードトーンから半音、全音、半音、全音・・・交互のコンビネーション・オブ・ディミニッシュスケールを使わなければいけなくなる。コンビネーション・オブ・ディミニッシュスケールのコードトーンはm7(♭5)で、C#m7(♭5)にして歌ってもみたのだが、なんだか難しい感じになってしまいこれも違う!

やはり最後はC#dimに落ち着いて行ってしまうのだが、今回なぜか何十年もかかって疑問に思って来たことが解ってしまった。C#dimではなく、ここはA7(♭9)なのだ。要はC#dimのベースをAにするというだけの話で、なんてことはない。(笑)構成音はラ、ド♯、ミ、ソ、ラ♯なのである。肝心なのは♭9なのだ。基音(ルート)A(ラ)の上にディミニッシュが乗っていると言ってもいい。

実は♭9が入っている自分の曲は何曲かあって、なんで気づかなかったのだろうか?今回、目から鱗(うろこ)が落ちる気分になってしまった。♭9は基音(ルート)の半音上の音でもあるので、ものすごく不協和音に感じる人も多いのかもしれないが自分の音楽にとって絶対に必要な音だ。

ただ鼻で笑われたベーシストには次もう会うことは無いと思うのだが、今度会っても意固地になって「いとしの花子ちゃん」はディミニッシュで弾いてやろうと思う。この曲を自分で創った意地だ。(笑)だって

音楽は自由で、間違いなんてないのだから。

花子ちゃんはこんな自分をきっと応援してくれると思う。💓

※今回むずかしい音楽用語が出て来てスイマセン。以後気をつけます。(笑)音楽配信

「いとしの花子ちゃん」ギター弾き語り版

ご無沙汰(ぶさた)しております。1週間以上このブログをほったらかしにして何をしていたかを申し上げなければなりません。

コロナ騒動が始まってからというもの、家でまず録音してあった昔のボツにしたあるいは歳をとってから創った曲のミックス・マスタリング作業をしていました。何十曲かあって結構膨大な作業なのですが、それを終了した後は今度は若い頃ギターとピアノ弾き語りでしか演奏してなかった曲、25~26曲のバンド化作業に取りかかりドラム、ベースのリズム入れを終了し必要な鍵盤の音をmidi接続で入れて録音し、今はギターをああでもないこうでもないとどのように入れるか模索していたのでした。

一方ここ最近の、、、最近といっても10年くらいなのですが、、、アイデアが浮かんだ曲をまとめる作業も毎週末に公民館のピアノ室に通ったりなんかしてかなり進んで来た実感があります。

お金にならない作業をこれだけ時間をかけてやっている大人もなかなかいないだろうと思ってしまうのですが自分にとってはこれでいいのです。悔いはありません。

コロナ禍前の1年前まではここまで作業がはかどるとは思ってもみませんでした。たぶんやり残した作業がたくさんある内に死んでいくのだろうと考えていたのですが、人生とはわからないもので意外に自分が思い描いた音楽をすべて脳ミソから解き放って表(おもて)に出してから死んでいける可能性も出てきたような気がします。(笑)

ライブをやらなくなったり、井の頭公園で唄わなくなったりしたことも大きいのかもしれません。ライブ前何日かは練習で時間をとられたり、井の頭公園で唄えば休日が丸1日つぶれたりする感じだったのですが、今は家の中で唄の創作作業に何も考えずに没頭できるのです。

唄を創作するにはまずアイデアが必要で、アイデアが思い浮かんだ後それに従って肉付け作業に移って行くのですが、アイデアが浮かんだ時点から冷酷にと言うかアッと言う間に時間が過ぎ去っていくのです。アイデアだけが頭の中にあって肉付け作業のどこかが間違っていると頓挫なんかしたりして上手くいかないことなどしょっちゅうでアイデアだけが頭の中に溜まって行ったりして、時間が頭の中でずれてしまっている感覚、、、それがこれまでの自分のような気がします。

できれば唄が思いつけばその時点ですべて創りつくしたいのです。別にたくさんの曲を溜めて後で小出しにするつもりなんかは無くて、そうした状況が整わないので仕方がないと思っていたのですが、コロナ禍の中で思いもよらない自由になる時間ができて自分の唄のアイデアの数分(かずぶん)だけの現実の肉付け作業も追いつき始めた状況になって来ました。

なんとかこの調子で数年の内にすべての曲をまとめ上げたいと思っているのですが、そんな簡単にはいかない。時間はやはりかかる。しかしながら少しは光が見えて来た感じもしないでもありません。頭の中にあるすべての唄を外に解き放ってみたい!現実はどうなるかわかりませんが、何にも無くなった頭の中には次(つぎ)どんな唄が生まれて来るのでしょうか?その唄を生きている間(あいだ)に自分は目にすることができるのでしょうか?

このブログを書いている間も常に時間は過ぎ去って行きます。人間は未来を見ることはできないし過去を懐かしむだけです。今を生きるしかありません。

こう考えると、”今”ほど不思議なものは無いのかもしれませんネ。(笑)

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「今」 月6曲目 聴いてみませんか?