YUKIOビール

寒かったはずの梅雨が突然開けて、急激に暑くなった。先日の日曜日にはビールを浴びるように飲んでしまった。ダメだ、早死にする。そう思うのだが、ここまで暑いと今夜も軽く一杯行くか。笑 その一杯が二杯になり、三杯になり、気づいた時にはもう遅い!なんとかこの辺でそろそろアルコール様とお別れしたいと思っているのだが、なかなか上手くいかない。

そう言えば、このコロナ禍になってからというものまるっきり外でお酒を飲む機会が無くなってしまった。その点だけはなんだか良い事のような気がする。ライブもやらなくなったので、ライブ後のお酒もなくなったし、家の中で酒を飲むばかりだ。外で飲むと当然お金も家飲みに比べて数倍かかっていただろうし、今インフレになって秋にはビールも値上げするみたいだが、そこら辺が考えどころかな?と思ったりもする。ただ、これだけ暑いとビールも飲みたくなって来ると言うものだ。そこで今回は自分の音楽とお酒の関わり合いについて語ってみることにしよう。

前にも述べたとおり、自分は音楽を演奏する時にはお酒はやらない。酒を飲みながら演奏しないのだ。飲んで演奏するとすごく楽しいのだが、何をやっているのかわけがわからなくなってくるし、指もなんだか動かなくなってくるので、やらなくなってしまったのだった。お酒を飲みながら演奏する人はたくさんいて、特にギターを弾く人は、演奏前に、軽く景気づけに一杯あおっておくと、ちょうどいい感じになるみたいで、ライブハウスやバーに行くとみんなそんな感じだった。

周りがみんなそうなので、自分だけが酒を飲まないでいると、なんだ調子悪いのか?一杯飲んで機嫌なおして演奏しようぜ!と、酒をすすめられたことは何度もあるのだが、断ると、チェッ!ノリの悪い奴、オマエとは友達になれないな!と、みなされるのだった。(笑)

反して、演奏し終わった後は、もう何も気を使うことがないので、どんどん飲んでしまうのだが、歳をとってからは基本一人ライブなので終わった後も結局一人飲みなのである。一人チビチビ飲みながら、対バンの人達の演奏を聴いてからトボトボ家に帰ってくるのであった。(笑)若い頃はバンドとかもやっていたので、打ち上げと称し、みんなでいつも対バンの人達や、あるいはライブを聴きに来てくれた友達も交えて飲みに行ってワイワイガヤガヤやっていたのだが、なんだか演奏よりもその内輪の飲み会の方が重要なイベントのような感じで、自分の音楽の本質とはなんだか別物のような気がずっとしていて、そういう経験が重なってしまい、何とも言えないのだが、結局は自分は一人でいいのだと思ってしまったのかもしれない。

ただ、そのライブが終わった後の打ち上げというのは見方によっては重要で、そこでミュージシャンの人達は人間関係を作り、ライブに来てくれた人達を接待し、次のステップはないかとチャンスをうかがうのである。ちなみに場末のライブハウスのノルマもこなせないような自分のような者だけがこういう風に思っているのかなと思っていたが、先日新聞で現代音楽か何かで有名であろう女の子が、コロナ禍になって演奏ができなくなったこともそうなのだが、演奏後の打ち上げができなくなったことが寂しいとか何とか、打ち上げで酒を酌み交わし、情報交換することが一番楽しかったのにそれができなくなってしまったと嘆(なげ)いていた。

そんな肩書を重視するようなクラシック界の人でも、打ち上げなんてやったりするの?と思ってしまったのだが、妙に親近感を覚えてしまった。まだ若い女の子だったので業界ズレしてなくて、つい本音を語ってしまったのかもしれない。(笑)どこの業界にいこうと、そして有名であろうと有名でなかろうと、結局は泥臭い地道な営業というのが一番大切なんだなと笑ってしまった。そして、そこには絶対に必要だとは言わないが、結構、酒がからんできたりもする。酔っぱらってくると、つい本音が聞こえて来たりもするからだ。

ただ内輪だけで盛り上がる打ち上げは、TV関係者や芸能人じゃ無いだろうし、何のためにお金を払って酒を飲んでいるのだろう?と思ってしまって、歳(とし)と共に参加していない。(笑)

今、住んでる街に引越して来てもう10年以上になる。結構ライブハウスが並んでいたりする街で、当初は自分のライブができないかとライブバーによくお酒を飲みに行った。ピアノバーあり、危ないバーあり、まさか自分がこんなに外飲みする人間だとは思っていなかったのだが、これも自分のライブをできる限り格安でやりたいから通ったようなものだった。そうした呑み屋でいろいろな人間に出会って、楽しい思い出もそれなりにあるのだが、結論とすればお酒を通して知り合った人間とはやはり交友は長続きしない。また、金儲けの仕事の話をしたこともあるのだが、お互い酔っぱらっていると話がでかくなって駄目だ。(笑)自分の音楽を仕事としようとするならば、やはりお酒は余り関係ないように思う。

酒と自分の演奏について述べて来たが、今度は酒と自分の音楽制作の関係について語ってみることにしよう。実は酒を飲みながら自分の部屋でギターやピアノを弾くことはよくあったりする。ライブで他人に聴かせるために演奏を間違ってはいけないという制約から解放されるのだ。(笑)他人(ひと)の音楽を聴きながらインスピレーションを感じて、ギターを弾き出したりしてスマホに簡単に録音したりもするのだが、そのモチーフを曲として完成させたことは今まではなかったのだが、ここ10年くらいで唄なしの曲とかを創るようになったりして、そうした曲は酒の酔いに任せて出来上がっている。若い頃では考えられなかったことなのだが、アタマはどこか冷静で、音が動くところを的確に捕(と)らえていると自分では思っている。まだ誰にも聴かせていないが、いわゆるフリー演奏というやつだ。無茶苦茶な演奏でたぶん驚かれるに違いない。ご期待ください。期待している人いないか。(笑)

いつまで酒を飲むのかわからないが、酒を飲み過ぎた人たちはみんな早死にしている。このままだとたぶん自分もそうなってしまうだろう。なんとかしなければいけないのはわかっているのだが・・・、タバコをやめた時はいろいろあってスッパリやめられたのだが、お酒に関してここまでうだうだと飲み続けていようとは、若い頃は思いもしなかった。

レッド・ツェッペリンのジミー・ページ(※有名なハードロックバンドのギタリスト)が今はもうスッパリ酒をやめてしまっていると聞いたのはもう何年前だろう?若い頃に飲み過ぎちゃって、飲みたいとも思わないらしい・・・。そう思うまで若い頃にすべてをやり切っちゃっているのだろうな。そういう境地になるまであと何年かかるのだろう?その先に酒の飲み過ぎで死んでるな。(笑)可能性は大。笑い事じゃない。

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走りながら、考えろ!

台風が行ってしまったのか、今日はいい天気だ。日差しがまぶしい。雨の昨日土曜は荻窪公民館のピアノ室に行って練習して来た。練習時間は、いままではずっと2時間だったのだが、ここ半年くらいは1時間増やして3時間で予約をとるようにしている。なぜ1時間増やしたかと言うと、今の街に引越して来てからの、ここ10年くらい頭に浮かんだ唄をまとめる作業をしていて、結構な曲数があるので2時間練習しても、どうしても時間が足りなくなってしまい1時間追加したのだ。曲の構想はほとんど出来上がっていて、歌詞がなく鼻唄で唄って練習しているのだが、その歌詞を今、家でああでもない、こうでもないと考えてつけている段階なのである。

完成形は2枚組のアルバムにしたいと思っているのだが、この作品が出来上がる前に死んでしまうかもしれない。(笑)まあ、それもそれでいいか!とも思っている。若い頃から何十年もずっと頭の奥隅(おくすみ)でうごめいてきた唄をすべて表(おもて)に出したという開放感が最近はあって、今ピアノ室で練(ね)っている曲は、おまけのような感覚があるのだ。ただし、内容は若い頃以上に過激で、調性音楽の歌ものから外れてしまったような曲も数曲あったりもする。どうしよう・・・。(笑)

若い頃創った曲が誰にも認められないのに、今さら歳(とし)をくって創った唄を喜んでみんなが聴いてくれるとも思えない!ので、好き放題やっている。(笑)せっかく生まれて来たんだもの、自分を信じてやりたいようにやるだけだ。(笑)

家では何回か前に述べたとおり、部屋で”小さな声のライブ”というものを始めた。最初はスマホをカメラ代わりにして、ニコニコ生放送で配信していたのだが、最近はノートパソコンのカメラを使ってユーチューブで配信している。1000人以上のフォロワーがいないとユーチューブで配信できないと思っていたのだが、自分の勘違いで、パソコンからであれば誰でも配信できるのだ。時間が空けば、昼間っからこんなことやっていて大丈夫なのかな?とも思うのだが、毎日のように配信したりもする。(笑)

ノートパソコン内部の録音では音がかなり悪いので、USB対応マイクをひとつ買おうかと家電量販店で見て来たりもしたのだが、結構高価なので諦(あきら)め、ネット通販で安いのないかなと検索したところ、コンデンサーマイクばかりが出て来るので、そうか!コンデンサーマイクは録音用として自分は持っている、ノートパソコン→オーディオインターフェイス→コンデンサーマイクと繋げば配信できるのではなかろうか?と気づいてしまい、いざやってみると、ものの見事にライブ配信できたのであった。(笑)いいぞ!オレ。

そしてグーグルにも、9月21日の十五夜に向けてアドワーズ広告を出していたりする。残念ながらいまだに反応は無いのだが、(笑)今夜からは天気も良くなりそうで、お月様もよく見えるだろうと思い、このブログを書く前にアドワーズの1日にかける料金を倍に上げた。十五夜まであと2日しかないんだし、できる範囲でお金をかけてやる!と思った次第なのであった。(笑)

このようになんだか最近は積極的なのである。作品「青森」もどうにかして形にしなければいけない。今ストリーミング配信している「ひまわり」の、次のシングル配信をどういう形でもっていこうか?と悩んだりもしている。いろいろ考えることがあるのだ。

ただ、若い頃思いついた曲を全部完成できたという開放感があって、何を考えるにしろ、何か楽しい。肩の荷が下りたと言おうかアクティブなのだ。若い頃のように重たい空気の中、机の前に座って、じっと考えていたってしかたがない。今は、

走りながら、考えろ!

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いまどきのライバーなYUKIO

ギター、ピアノ弾き語りのバンド化作業が終わってしまい時間ができてしまった。作品を3つに分けたのだが、これをどう形にしようか?と考えてたりもするのだが、その先にミニアルバム「青森」も形にしていない。ダウンロードだけは始めたのだが、どうせ誰も聴いてくれないだろうという予測も成り立つので、自分とすれば、そんな音楽配信というものだけでなく形として自分の手元に残しておきたいのだ。

いままではCDにして来たのだが、別にCDにこだわっているわけではなく本当はビニール盤のレコードとかカセットテープでもいいのだが、料金が高価で手が出せないのでCDにしているだけなのである。

最初、ギター、ピアノ弾き語り「YUKIO」、「YUKIO PIANO」は業者に頼んだわけでなくCD-Rを盤面印刷して、歌詞カードを入れて、紙ジャケットも自分でひどいものだがデザインしたり、知人を頼って制作してもらったりもした。バンド形態にした「COCOLO」からはCD-Rではなく、業者にデータを渡して、完全に音楽CDとして制作している。

大勢のお客様が買ってくれるという当てもないのに、こうしたことをやってきたのは、ひとえに自分の命の次に大切な作品を形にしておきたかったからだ。ダウンロードやストリーミングといったものは聴く側からすれば便利なものなのだろうが、やる側からすれば何も残らないと言おうか、やはり自分が生きた証(あかし)を形として、目に見える物として残しておけば、何か安堵感を覚えるのだ。

だから「青森」という作品も、ミニアルバムなのだが、CDかなにかの形にしたいと思っている。しかし、自分の頭の中にはこの音楽を創るという脳ミソとは別に、お金の算段をするまた自分の脳ミソがあって、ただ何も考えずに、当てもなくCDを作っても、金の垂れ流しになる、、、なにか違ったアイデアが無いものか?と日々考えるのである。いままでと同じ轍(てつ)を踏(ふ)んではいけない、、、と。ただ、何の形であれ形には残したいという思いがあり、どうしようか?と悩むのであった。

この「青森」の次の10何曲入りの作品も出来上がっている。1曲目の「ひまわり」という曲だけをとりあえずストリーミングで音楽配信してみたが、全曲を無料(ただ)で聴いてもらって何かが変わるのか?それであれば、誰にも聴いてもらえなくても何か形として自分の下(もと)に残しておきたいという気もするのである。正直、ヒットチャートなんてものはもう何十年も聴いてはいないし、家ではもう最近あまり音楽なんて、気に入ったものだけしか聴いてない。その中にいままで創ってきた自分の作品もあったりして、自分で楽しむだけでも十分なような気もする。なぜ、わざわざ金をかけてまで他人(ひと)に聴いてもらおうとするのか?

こう思う自分の心もあるのだが、一方で他人(ひと)に認められてなんぼのものじゃ!音楽の道を志した時、自己満足で終わらせてはいけない、趣味ではやらないと決心したではないか!という気持ちもあって、もともとは誰にも相手にされない音楽を、自分だけは信じてここまでやって来たではないか、最後まで道などなく、荒野しかないのかもしれないが、それでも筋を通せ!と、叱咤激励(しったげきれい)する自分の姿もあったりする。

とりあえず、いろいろ悩んだりもするのだが、最近は時間が空いたので、それを利用してネットでライブ配信を始めてみた。(笑)年甲斐もなく、いまどきのライバーなYUKIOなのである。(笑)前にこのブログでコメントを残してくれた人からライブ配信してみればとアドバイスを受けたのだが、作品のミックス・マスタリングの作業に時間をとられて1~2回やってそれっきりになってしまっていたものをまた再開した。

ニコニコ生放送というサイトで”小さな声のライブ”というタイトル名で夕方くらいに配信している。 ”小さな声のライブ” とは家が狭くて外に音が漏(も)れちゃうので、大きな声が出せず、ボソボソ唄うだけのライブになってしまうからだ。(笑)先週は結構、毎日のように配信した。

声が小さいので、お持ちのスマホやパソコンのボリュームを上げてね!と説明文も入れてあるのだが、まあ、あまり聴いてくれる人もいないし、自分もそんなに期待しているわけでもない。当然か。(笑)ただ、何となく、この”小さな声”というのは気に入っていて、コロナ前のライブをやっていた時にはいつもこんな感じで、部屋でボソボソ、ギターを爪(つま)弾きながら練習していた。まあ、このライブ配信は練習がてらという意味もある。(笑)本当は、曲を創る時はもっと声が小さくなって、コタツに足を突っ込み、あぐらをかいて、上手い歌詞が思い浮かべば、ノートに書きとって、ポロロ~ン♪とギターを弾くのだ。家族にも聴かれはしないかと、窓も扉もキッチリ閉めてね。(笑)この姿は誰にも見せられない。一人だけの時間、空間。他人(ひと)の気配がするだけで、もうすべてが台無しになるのである。(笑)

小さな声のライブ” の方は、背景も、白、黒、緑の布(ぬの)を上から吊るして、日ごとに変えたり、専用の照明もつけていたりもして、他人(ひと)から目線も一応は気にしながら唄っていたりする。ただし髪がボサボサ。(笑)このセッティングが面倒くさいのだが、頑張ってやるようにしている。

このライブ配信には上に書いたように、そんなに期待はしていないのだが、ニコニコ生放送ではこのライブ動画が何週間かウエブ上で残されるので、それを利用してnoteというサイトに、その日のライブ曲のセットリストをspotifyでつくって、感想と合わせて貼り付けて公開するようにした。

クリックするとページにとんでいけます。

こんな感じで、このブログとはちょっと違った形で、くだけた感じで文章を書いてたりなんかする。(笑)ライブは小さい声なので、大きな声で聴きたい場合はspotifyのリストで聴いて下さいとかなんとか主張したりするのだ。(笑)

また”小さな声のライブ” をする度(たび)に、 spotify にリストを作るのだが、そのリストに鳥の名前をつけるようにしている。上のページでは、ツグミだし、他にシジュウカラだとか、ヒヨドリだとか、適当に名前をつけてアップしている。なぜこんな鳥の鳴き声をつけたのかといえば、自分は鳥のさえずりを聞くのが好きで、鳥の鳴き声といっても注意してよく聞けば、千差万別おなじさえずりなんかはなくて、まちまちなのだ。

自分の曲も、曲順を変えるだけで全然聞こえ方が鳥の種類のように違ってくると思い、同じ曲群でも、その連なりが違えば、違う響きが聞こえる。こういう楽しみ方があっていいんじゃないかと思ったのである。今日はツグミのようにさえずったし、明日はシジュウカラのようにさえずるぞ!と感じると、なんだか毎日おなじ曲を唄うにしても全然気持ちが違ってくるといおうか、楽しくなってくるのだ。

一応、”YUKIO 小さな声のライブ セットリスト”として、いままでのセットリストはnoteのマガジンとしてまとめられているので、興味のある方がいるかはわかりませんが、のぞいてみませんか?

クリックするとページにとんでいけます。

noteにはこの ”小さな声のライブ セットリスト” だけではなくて、いくつか自分が書いて来た文章をまとめたマガジンが無料で読めたりもする。”木曜のともだち”から”最後のともだち”まで8本の私のかつての友達との思い出話をまとめたものとか、こちらを読んで”ともだちがほしいよ ver.2”の動画を見ていただければ、更に楽しいかもしれない。

ただしこの動画をニコニコ動画に上げたら、「目がラリってて、危ない人~?」みたいなコメントが入っていたりもした。(笑)世の中がおかしいのか、自分がおかしいのか?よくわからない。(笑)おしまい。

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