真夜中のタクシー

列車から降りたのはもう夜の11時半を回っていた。一人階段を下りて行って駅員に切符を渡すと、もう小さな駅の構内は明りが落ちていて暗くなっていた。売店や待合室には人気(ひとけ)が無く夏の暑い季節だったので窓ガラスに映る自分の姿が幽霊のように感じられた。

駅の出口を出るとロータリーがあってそこにタクシーが1台か2台だけ止まっている。前の車に乗り込み行き先を伝えると、”結構、遠いですね。1時間くらいかかりますよ。”と言われタクシーは発車した。

都会の中を走るタクシーであればビルの夜景や繁華街のネオンを見ながら走ったりするのだろうが、ここは田舎なのである。車の窓から外を眺めても暗闇があるだけで何も見えない。真っ暗闇の中をタクシーは車ひとつ通らない1本道を真っすぐ走って行く。

普通こういう状況になるとタクシーの運転手はラジオでもかけるものだが、この運転手は私に話かけるでもなく何もしない。押し黙ったままだ。タクシーは真夜中の暗闇の中を無言で進み続ける。

沈黙に業を煮やした私は”・・・。”と話しかけてみた。何を言ったのかもう覚えていない。しかし意外にこのタクシーの運転手は話上戸(はなしじょうご)でその後会話が弾むことになった。

”もう最近は景気が悪くて、どうしようもないですよ。東京からお越しなら見ての通りここらは何も無いところで仕事なんて無いんです。タクシーの運転手もアルバイトのようなもので、10万円稼げればいい方です。”

”けどお金は稼げませんが、毎日知り合いの誰かがその日とれた魚や野菜をお裾(すそ)分けと言おうか持ってきてくれたりして、子供も二人いるのですが食べるのには困らないんですよ。海に潜(もぐ)って魚をとったり、山に入ってキノコ狩りしているとお金もほとんど使うこともないし。スーパーに行くのは唯一、お米を買いに行く時だけなのです。”

なんだか幸(しあわ)せの楽園にこのタクシー運転手が暮らしているように思えた。都会でいくら稼いでも、出て行く金額はそれ相応のものになっていく。その当時、割と羽振りが良かったのでこのタクシー代も経費で落とそうと考えていた自分にとって何が幸(しあわ)せか考えさせられ、おもわず苦笑してしまった。

一本道の先の暗闇から対向車線にライトが浮かび上がり何台かの車がすれ違って行く。

”そうだよね、いくらお金を稼いでもそれ以上お金が出て行ったら意味無いものね。東京に住んでいると仕事はあるけど、家賃も高いし物価も高いしね。都会と田舎暮らしのどっちがいいなんてわからないものだね。”

”そうですよ。こっちにいるとお金もないけど、お金を使うこともないのだから。”

”政府やテレビにみんな騙(だま)されているのかもしれないね。”

”そうかもしれないです。こっちの左側の道路に進んだ方がいいんですか?”運転手は訊いてくる。駅から出発して1時間くらい経(た)っていた。

そうしてくれと頼んで暫(しばら)くすると、暗闇の先にうる覚えのある町並みの影が浮かび上がってきた。町に入って車の中から目を凝らして外を眺めてみると真夜中なので当然人影もない。ガランとしたままだ。無人の町。

”そこ曲がってください。”と頼み、角(かど)を曲がると暗闇の中に提灯(ちょうちん)が灯っていた。家の明りが点(つ)いていて人の気配もする。何だか暖かそうだ。”提灯のところで降ろして。”と言ってこのタクシーの運転手と最後別れた。

音楽配信

銀座モード

静けさの中で

ホームセンターで安く買って来たCDラジカセが壊れてもう何ヶ月にもなる。昨年末に格安電話会社に替えた時に中古のスマホにしたのだが、今のスマホというのはイヤフォン端子が付いてなくて別途でワイヤレス・イヤフォンを買わなければいけないということを知らなかった。イヤフォンを付けずにそのまま外に音を出すしかないのだが、中古のせいかある一定のところの音が小さくしか出なくなっていてバランスがどうもおかしい。このスマホで音楽を聴きたくないと思ってしまい、仕方がないので替える前の電話もできなくなった古いスマホで聴いていたところそれも壊れてしまった。本格的に音楽を聴くにはパソコンにオーディオインターフェイスを繋(つな)ぎ、そこからさらにスピーカーを繋いで聴くしかないのだがもう面倒くさい。このような状況になってしまったので最近はもうほとんど音楽を聴かなくなってしまった。他人の音楽は聴いてはいないのだが、自分の音楽を創り上げる作業だけはなぜだか地道にやっている。(笑)

また昔からTVで歌番組はほとんど見て来なかったのだが、最近NHKの懐メロ番組にチャンネルを合わせるようになってしまった。演歌ばかりで自分の音楽とは関係がないと思いつつ、やっぱり歳をとると日本人はこうしたメロディーに哀愁を感じるのだと思わなくも無い気がしている。

こうした自分の他人(ひと)の音楽を聴くという姿勢に、ある一定の志向があったように前から薄々思っていた。それは誰もが若い頃年上のお兄さんやお姉さんにあこがれを持つのと同じように、自分は基本的に自分よりも年上の人の音楽を聴いて来ているのだ。自分の音楽に影響を与えたロックやブルース、ジャズ、レゲエミュージシャンなどは、自分が50代のいい歳になっているより更に上の世代なので、今やみんな亡くなって伝説化されているか或いは生きていても大御所と呼ばれ誰も批判できない評価の定まった人たちばかりなのである。

それに反して自分より年下のミュージシャンの音楽をどれだけ聴いて来たかと言うと・・・、名前を挙げられないのだ・・・。ミスターチルドレンやGReeeeNを聴いて来たわけでもないし、米津玄師を聴いているわけでもない・・・。宇多田ヒカルが流行ったのはもう10年以上前でそれすら聴いてない・・・。

若者を馬鹿にしている・・・!年功序列・・・!そんなつもりは無いのだが、客観的にみると若い頃で時間が止まっている。しかしポピュラー音楽そのものがいつの時代も若者のものでしかないのかもしれない。頭の中の脳ミソだけはいつまで経っても若い気分でいて、外見は白髪だらけの皺(しわ)だらけになってしまっている。

いつからだろうか?音楽をむさぼるように聴かなくなったのは・・・。若かりし頃、新しい流行りの音楽にいつもアンテナを張っていた。たぶん仕事が忙しくなった頃くらいから新しい音楽を買わなくなった。忙しさにかまけて音楽を諦めるのが嫌でライブだけは続けていた・・・。そのうち金儲けがこんなに面白いものだと思わなかったかのように夢中に働き、相手先と酒を酌み交わすようになった。周りは年上か同年代の人間ばかり、しかし50代となった今、気づくと周囲はみんな年下ばかりになっている、音楽はヒゲダンと呼ばれるバンドが最近は流行っているらしいが・・・興味は正直無い。しかしこの間も自分の音楽だけはああでもない、こうでもないと創り続けて来た。

新型コロナウィルスのおかげで、ライブを中断せざるを得なくなった。先日また一緒にやろうと誘われたりしたのだがまだ行っていない。とりあえずは音楽を聴ける環境が欲しい。昨日久しぶりにホームセンターで売っているラジカセを見て来たが、どうも欲しいものが見当たらない。来週は大型家電店にでも行ってみようか?それともまだこの音楽のない静けさの中で、朝、鳩(はと)の鳴き声や、夜、松虫の虫の音(ね)を聞いていた方がしあわせなのだろうか?

音楽配信中 作品「

メロディー

熱帯夜

今日も暑い・・・、暑い日が続く。最近はもう朝まで一晩中クーラーをつけっぱなしにしていて、こんなことは今まで無かったことのように思う。最近の夏の暑さは昔とは違って何か狂気が混じっていると言おうか、子供の頃の夏も暑かったが田舎に住んでいたせいかどこかのどかだった。大人になってお盆に田舎から戻ってくる時、東京駅で新幹線を降りた途端、湿気を含んだムッとした空気がまとわりついてきて、これが※ヒートアイランド現象なのかな?と思ったりもしているうちに中央線に乗り換えると車内は別世界のようにすごく涼し気なクーラーが効(き)いていて、乗車してくる女性たちの田舎では見ないようなお洒落で色鮮やかな半袖のブラウス姿なんかを眺めていると、あらためて自分が大都会に住んでるのだなと実感するのであった。

※ヒートアイランド現象 都市の気温が周囲よりも高くなる現象のこと

昔はお盆に田舎に帰るとかつてはクーラーが好きか?嫌いか?で会話がはずんだりもしたものだが、最近は田舎、都会あるいは好きも嫌いも関係なく否応が無しにクーラーをつけないと生きていけない暑さになってきているような気がする。現に今日も朝からクーラーをつけっぱなしだ。

しかしながら、こんな私でも田舎から出てきた若い頃はクーラーどころか扇風機も持たない生活を夏に何年も過ごしているのだった。(笑)ついでに言うとストーブすらない冬も何年もあった。(笑)貧乏学生だったのである。(笑)

扇風機もない熱帯夜を安アパートの中どう暮らすのか?窓も開けっぱなしにしても寝れるわけがなくて、涼みに外の公園に行くのであった。真夜中の公園は当然真っ暗で外灯の明りだけが頼りで、明りの周りには蛾(が)やカナブンが飛んでいた。その当時そんな都会に住んでいたわけではなかったので小さな公園にはカップルがイチャイチャしていることもなく巡回してくるお巡りさんに注意されることもなかった。一人ベンチに座って目の前にある暗闇を眺めたのだった。

ある夏の真夜中、そうすると何かそこに生き物の気配が感じられた。目を凝らすと黄色や赤の縞(しま)模様の熱帯魚が現れ始めた・・・。トロピカルな魚だ。目の前をゆっくりと泳いで行く。海やプールで水中に潜り込んだ時に聞こえる”ブク、ブク、ブク・・・”という音が、そう確か夏休み少年の頃、床屋さんで髪を切るのに待たされて漫画を読んでいた時に横にあった水槽の音が聞こえる。

そしてどこからか”チーン”という音がぬるい空気の風に乗って鳴っている。なんだろうこの音?静かな音・・・。仏壇の音だ。仏壇の”チーン”する音だ。闇の先で誰かが”チーン”してる。風鈴の音かもしれない。合わせて唄ってみよう・・・。

水の中でもないのに、よどんだ空気の中を綺麗な魚が泳いでいる。その内消えた。

若い頃の儚(はかな)い夢。真夏の「熱帯夜」。作品「月」1曲目に入ってます。聴いてみませんか?音楽配信中

視覚イメージがちょっと違っていますが・・・、熱帯夜ダイジェスト