三・三・七拍子

チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、もう一丁!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、もう一回!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ・・・

キリが無いので書くのを止めるが、これは何を書いているかといえば、三・三・七拍子を言葉で表現したものだ。三・三・七拍子、、、それ!

チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、もう一丁!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、もっとはやく!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、・・・

もう、キリが無いよ~。笑 それ!

チャッ、チャッ、チャッ、ゆっくり!チャッ、チャッ、チャッ、ゆっくり!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、もっとゆっくり!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、気持ちをあわせて!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、もういっちょう!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、はやく!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、それ!チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、・・・

いい加減にしてくれ~!と、今回はもう書かないが、三・三・七拍子は日本人の魂をゆさぶるリズムである。運動会のクライマックスで応援団長が拍子をとり、クラス代表のリレー選手を応援する時が一番盛り上がるのに、中学校の音楽の授業で三・三・七拍子のリズムを習うことは無い。ツン!とすましたクラシック音楽を聴かされた思い出があるだけだ。笑 なんで三・三・七拍子を教えられずに、運動会でやらない4拍子だとか、3拍子を教えられるんだろう?と、子供心にふと思ったことがある。

なぜこんなことを書いたかと言うと、先日、晩飯の家族との会話の中で、

三・三・七拍子の曲ってなんで無いのだろう?

と、素朴な質問を受けてしまったからだ。笑 家族は真剣に訊いて来る。そうだよな、、、三・三・七拍子の曲なんて聞いたこと無いしな・・・、と思い、上記の子供の頃のことを思い出したのだった。

それで、あらためて三・三・七拍子をリズムという概念から考えてみると、何のことはない、ただの4拍子だ。笑 ”ただの4拍子じゃないかよ~”と答えてみるのだが、家族にとってはあまりぴんと来るものはなく、”ほら、チャッ、チャッ、チャ、の後のソレ!だとかホレ!だとか、応援団長が合いの手を入れるじゃないか、その合いの手が、音が入らない休符と考えればいいんだよ!”と言うのだが、どうも理解していない。面倒くさいので、その晩、もう説明はやめてしまったのだが、はたして自分の考えが、正しいことは正しいのだが、頭がもう、西洋音楽という概念に歳と共に凝り固まってきてしまっているような気がして、家族の発想の方が自由に思えて、うらやましかった。

唄の発想は理屈ではない。そんなことはわかっているはずだが、歳をとるにしたがって、脳ミソの細胞が減ってくるのか、世の中のことがすべて見えてくるような錯覚にとらわれがちだ。そうしたオジサンたちをたくさん見て来たのに、気づいた自分の姿はこうだ。

日本人は奇数のリズムが好きだなんて、、、俳句の五七五や短歌の五七五七七だって、よく考えれば、西洋音楽の理屈から言えばただの4拍子じゃないかと達観する老(ふ)けた自分がいる。

仕事帰りの道すがら

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パンツを買わない男

このブログでここ何回か、自分が着の身着のまま人間であることを白状してしまった。ミュージシャンの姿としては、あってはならないことなのだが実はそうなのだ。笑 自分の洋服を買ったことは、学生の頃は友達にそうしたファッション関連の仕事をしたいという奴がいて多少あったのだが、世の中に出てからは数えるほどしかない。情けない。笑 

友達にそうした奴がいたので、洋服関連の知識もそれなりにあったりして、森英恵のビルでプレタポルテだったかオートクチュールだったかファッションショーも生で見たこともある。ジャン・ポール・ゴルチェくらいは知っている。古いか?笑 阿佐ヶ谷駅に入っているユニクロの店内をいつも通るのだが、ユニクロで買い物したことすら無い。笑

毎週散歩に行く、中野ブロードウエィの中に入っている時計屋さんに飾ってある高級時計を眺めても、大きい時計だな~、腕にはめて重たくないのかな~?みんな金持ってるな~、と感心するのだが、不思議と欲しいとは思わない。笑

確か洋服を一番最後に買ったのは、数年前「藤の花」という動画を創ろうとした時に、紫色の砂を使って”藤”という一文字を作るのに合わせて、動画のイメージを統一しようと紫色のシャツをアマゾンで買ったのが最後だったように思う。その先を思い出すと・・・、何十年前になるのか、展示会か何かで、縫い目がどこかほつれたりした商品にならない、いわゆる、いわくつきのトレーナーを千円くらいで安く買ったはずだ。。。そのトレーナー、いまだに着たりしている。笑

十年以上前になるが、その当時よく飲みに行っていた取引先の人に飲み屋で、自分はほとんど洋服に興味が無くて、自身の着る服すら買ったことが無いということを今回と同じように告白すると、ものすごく驚かれた記憶がある。

”エッ、マジっすか?そんな人はじめて見た。”と驚愕(きょうがく)の表情を顔に浮かべられ、”じゃあ、自分のパンツすら買わないの!?”と問い詰められてしまった。笑 ”下着のパンツのこと?そんな下着のパンツを買ったのは、もう子供の頃以来覚えが無いですよ・・・。”と答えると、相当こいつは変わり者だな~という軽蔑のまなざしを投げかけて来る。笑 ”じゃあ、誰にパンツを買ってもらっているのよ~?”と、どうやら芋焼酎の飲み過ぎで酒が体に回っ来た、ほろ酔い気分の相手からさらに突っ込まれたのだった。

その晩、素直にその相手には答えたのだが。今回はこのブログの読者の想像にまかせてみることにしよう。笑 読者なんていないのにねぇ。そう私は、

自分のパンツを買わない男なのである。

「藤の花」バージョン2

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他サイトでも音楽配信やってます。アップルミュージック、ユーチューブミュージック、ラインミュージック等でも聴けます。作品を通して聴いていただくのが一番のお勧(すす)めです。CDも販売。

ビジュアリスト

前回、前々回と画像を入れずにこのブログをアップした。ここ何ヶ月かアイキャッチ画像を添えて投稿していたのだが、内容に合うイメージ画像が無かったからだ。実はこのアイキャッチ画像、自分で撮ったものでも何でもなくて、ネット上から探して来たものなのである。写真ACというサイトに会員登録してあって、1日3枚か4枚ほど、アンケートに答えれば無料でダウンロードできるようになっている。

このブログを書いた後に、適当にこの写真ACで検索して、著作権みたいなものも無いみたいなので、気に入ったものがあれば使うようにしている。画質は綺麗で、自分でスマホで撮ったものとは違い、結構照明とか使って撮影したのではなかろうかという写真ばかりで、こうした画像を好きに使ってくださいということなので便利な時代だ。

ユーチューブを始めた頃は、このようなサイトがあるなんて気づかなくて、グーグルの画像検索で調べて出て来たものの中で曲とイメージが合ってそうな画像を勝手にダウンロードして使っていたのである。今から思えば犯罪だ。いまだにユーチューブ上にアップされているのだが、そんな見てくれる人もいないので問題にもならないのかもしれない。

自分とすれば他人(ひと)の目を盗んで、悪意の上でダウンロードしたつもりはまったく無くて、ウエブ上に溢れている画像をダウンロードしてみると、簡単にできてしまうので、このおこないがその人の著作権を侵害するものだとは思ってもみなかったのだが、よくよく考えると自分だってオリジナルの曲を無断で使われると、気分はよろしくないはずだろうし、下手なことをやってしまったなと今では思っている。

しかしながら、ここ何年かは自分でホームページを運営するようになり、いかに他人(ひと)から見て貰えるようにすることが難しいかは、身に染みてわかっていて、一番気を引くのに手っ取り早いのがビジュアルなのである。ビジュアルがよろしくないと誰も振り向いてくれない。ブログだっていかに面白いことを書いても見向きもされない。そんな思いから最近は、このブログの頭に他人(ひと)様が撮った、いわゆる綺麗な画像を入れてアップしているのであった。

ユーチューブの動画の方も実は、少し研究していて、一番最初の頃アップしていたのはただスマホでライブを撮影した、視点がひとつになっているもので、それでは余りにも単純なので動画の途中に別のカットを挿入なんかしだしたりして、それでもどうも物足りないと思い、使わなくなったスマホも一緒にライブに持っていき、スマホ2つで同時に撮影し、唄に合わせる形で画面を差し替えるように組み合わせてみたりもしたのだが、まだどこか他人(ひと)の動画とは違う?なんだか素人くさい。ずっとこう思っていて、ようやく最近、気づいたのがトランジションという機能なのである。

トランジションとは何かと言うと、カットとカットをつなぎ合わせたりする時に使う、ぼやかして重ねたりする効果で、こんな機能があったんだと先日はじめて知ったのであった。笑 それで、よし!この機能を使ってあらためてアップしてあった動画のバージョン2をあらためて作ってみたところ、意外にイケている、素人ぽさが消えているではないか!我ながらそう思えてしまったのであった。笑

このように、最近はビジュアルを気にするようにしているのだが、自分の根本(こんぽん)は着の身着のままなのである。性格の根っこがビジュアル何てどうでもいいと思っていて、ブログをアップするのが久しぶりになった、ここ2,3回、もう洒落た画像なんてつけるの面倒くさいと思ってしまい、アップするのを止めたのだ。

たまに空に綺麗な夕焼けが出ていたりすると、街中でその光景をスマホで撮っていたりする人を見かけたりもするのだが、自分はスマホで写真を撮るということはめったにしないと言おうか、よし撮影するぞ!という気分にならないと行動をおこしたりはしなくて、その綺麗な夕焼けをただ眺めているだけなのである。自分にとって綺麗な夕焼けと撮影された画像は違うものなのだ。

綺麗だと思った現実の光景と、写真や映画は違う。写真や映画はあくまでも人間が作った人工的なもので、自然とは違うのだ。写真や映画は、あるいは画(え)やファッションや音楽もそうなのかもしれないが、その綺麗と言うビジュアル的な価値観は時代と共に変わると言おうか、そんな不確かなものは無い、そんなのどうでもいいと自分はつい思ってしまうのである。

ただ、こんなことばかり言っていても世の中、誰も相手にしてくれないので、ビジュアルに関しては気をつけないといけない。自分とすれば、

世の中どうなろうと知ったことじゃないよ。流行りを追うのも疲れる、青空見ていたい。誰にも邪魔されずに眺めていたい。

と言う、単純な気分があるだけなのに。笑 自分の「たまご」という曲の歌詞の一部。

オリジナルソング。ダウンロード販売中。試聴できます。

他サイトでも音楽配信やってます。アップルミュージック、ユーチューブミュージック、ラインミュージック等でも聴けます。作品を通して聴いていただくのが一番のお勧(すす)めです。CDも販売。