アイドルになってみた YUKIOの場合

spotifyにアーティストページというものがあって、そこに登録すると画像をアップすることができる。

spotifyは若者などが聴く今一番旬の音楽ストリーミングサイト

であって、トシをとった私のなどが本来関わり合いになるサイトではないのかもしれないが、なにせ世界のどこにもないオリジナルソングを創っていると自負する私としては、いくら年齢差が離れようと関係ない、世界中の若者は自分の曲を聴いてくれるものと信じspotifyにギターとピアノの弾き語りの曲を配信している。

アーティストページはその配信している人たちに向けてのマイページ機能のようなもの

らしく、どこの国のいくつくらいの人が聴いてくれたか分析ツールとかもついていたりして、その中に自分の画像をアップできる機能もあるのだ。

営業というのは基本、他人に信頼されてはじめて話し合いというか取引が始まると信じているので、企画書とかウェブ上もなるべく顔を出すように努めている。spotifyの他のアーティストさんたちもそこそこ顔を出したりしているので、そこでつい調子に乗って自分のトシも考えずに白髪だらけの顔写真をアップしてしまった。

これで少しは自分の曲を聴いてくれる人が増えるかと思っていたら、かえってリスナーの数は減ってしまった。やはり原因は白髪だらけの自分の顔画像にあるように思う。くやしかったので、spotifyではアップされる画像が結構暗めにでるので同じ顔画像をかなり明るめに修正して再度アップしてやった。

案の定、さらにリスナーの数は少なくなった、、、。

白髪で悪いですね~。白髪おじさんですよ。そこで少し考え、思いついた。そうだ!白髪アイドルになろう!自分が若い頃は10代そこそこの芸能人だけがアイドルと呼ばれた。それがいつの間にかSMAPだったりだったりジャニーズ系のアイドルだってもう40歳を超えていたりするじゃないか。それでもアイドルと呼ばれているではないか。

女の子だって、今は地方にいろいろな街(まち)おこしアイドルがいるのである。白髪アイドルを自称したって今の時代なんらおかしくない。白髪を武器にしたっていいではないか?要は売れるか売れないかだけの話だろ・・・。ウム・・・。むずかしいかも。

しかしまだあきらめていない。白髪丸出しの明るい画像はいまだspotifyにアップされたままである。(笑)

spotify 無料です。聴いてね。

最後に”アイドル”とは調べると、「偶像」「崇拝される人や物」「あこがれの的」「熱狂的なファンをもつ人」を指す英語(idol)に由来する語。『成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物』とのことである。あしからず。

ボクとハーモニカとハモニカ横丁

自分でオリジナルの唄をうたって30年くらい。趣味でうたっているわけではない。世間に相手にもされず黙々とよくやっているものだ。誰にも負けていないという信念が心の奥底にあるのだと思う。昔から自分の音楽で食べて行けず、

最後は路地裏でバッタリ倒れて死んでいく最後の光景が頭の中でよぎっていて、

その確率は今のところ99.9%だろうか。暗い話題になってしまった。(笑)

そんなバッタリ倒れて死んでいく路地裏というのは、きっとこんな所だと自分で想像しているのが東京吉祥寺のハモニカ横丁だ。ハモニカ横丁で栄養失調のままバッタリあおむけに倒れ夜空を見ながら死んでいくのである。私の周りに人がよって来て”なんだこのじいさん?死んでるのか?”とかヒソヒソ話が耳元から聞こえてきて、遠くでは高田渡(たかだわたる)がなにかうたっている、、、そうして気を失っていくのだ。

高田渡(たかだわたる)がなんでまだ生きてるんだ?

と言われそうだが、私の空想世界なのでこれでいいのだ。何と言われようが私の勝手だ。(笑)

それほどハモニカ横丁にはよく通った。最近はもう行かないが。赤提灯の「貴子」はまだやっているのだろうか?帰り際に手製のサンドイッチを持たせてくれた秋田出身の「貴子」のおかみさんは元気なのだろうか?日本酒が健康のもとと飲みながらのビートたけしばり毒舌トークはまだ健在なのだろうか?

ウエブで調べるとまだ「ささの葉」は営業しているようだ。高田渡と仲良かったおかみさんも癌で亡くなって、新しく引き継いだおじさんが営業しているお店に行ったのが最後だったような気がする。

古い店が無くなり新しいお店がどんどん出来てくる。しかし、ハモニカ横丁という名のとおりこの街にはどこか哀愁がある。

自分はギターの弾き語りをするのだが、実は間奏部分をハーモニカで吹いたりする。ギターが余り上手くないのでソロがとれず、その代わりにハーモニカを吹くという理由もあるのだが、ハーモニカの音色が好きだ。ギターやピアノと違って肉声に近いような気がする。くちびるの動きひとつで音が繊細にズレるのだ。

ハーモニカにも色々な種類があって使うのはブルースハープかあるいはステービーワンダーが使っているクロマチックハーモニカというのもある。ステービーの音色は郷愁というよりはどこか明るい。

私も1曲だけ”隣の人”というクロマチックハーモニカを使いたいと思った曲があり、ブルースハープとクロマチックハーモニカとでは吹き方が全然違うので、がんばって練習したらくちびるが血だらけになってしまった思い出がある。

こんな風に私の中ではハーモニカは身近なものだ。唄のキーによってハーモニカは違ってくるので、なんだかんだ言ってハーモニカは10本ちかく持っている。知らないうちにたまってしまった。

いつかまたハモニカ横丁で飲んでみたい。

その時は「貴子」や「ささの葉」のおかみさん達は当然いないのかもしれないが、どこか空の上で笑っているような気がする。今日もハモニカ横丁はいろいろな人たちでごったがえしているのだろうな。

隣の人ライブ in 大久保水族館

音楽配信中

風景のある音楽

「音楽のある風景」という通販CDのテレビショッピング番組があるらしい・・・。yahooで検索窓に”音楽”と入れたら5、6番目に「音楽のある風景」と出てきた。有名曲をBGMにして風景動画を作成してるということなのだろうか?2002年にスタートしているというからかれこれもう20年近く、需要があって続いているということなのだろうな。。。

この言葉とは逆で、昔ライブに来てくれた人からYUKIOさんの

音楽を聴くと風景が見えるようだ

と何度か言われたことがある「風景のある音楽」ということなのだろうか?

「音楽のある風景」、「風景のある音楽」。どちらも何か抽象的だなぁ。言い方を変えれば芸術的とも云えるかもしれない。エヘン。

自分の曲を聴いて風景が見えると云われるのは悪い気がしないが、なにか良い気もしない。音楽はあくまで音楽であって、絵画じゃないんだからなぁ。

ドビュッシーの音楽も何か絵画的だと聞いたことがある。それが印象派ということなのだろうか?クラシック音楽の世界は聴くだけで理論、見識等なにも知らないので語っても仕方がない。

自分の中では曲をつくった時、特に歌詞をつくる時に自分の見た景色を描写をしようとすることはよくある。だけど自分だけの景色なのでそれが他人に伝わるとは余り思ってなくて、少しでも伝わったとすれば歌手として本望でありうれしいのだけど、なにかどこか誤解しているんじゃなかろうか?という気もしてくるのである。

「風景のある音楽」は微妙だ。

音楽配信

銭湯のテーマソング

自分のつくって来た唄の中に

OH!風呂に入ろうよ

という曲があります。ギター弾き語りになっていますが昔はバンドでもやっていた曲です。唄の中身は

彼女と一緒に風呂に入って、体を洗い合って、チューして一緒に浴槽で唄を唄い合えば、何かが見えてくるよ。

という唄で、その”何か”といえば今思えば”しあわせ”のような気がしてます。自分の中ではなかなかイケてる唄だと思っているのですが、何年か前に銭湯でライブをやっているという情報を新聞で読み問い合わせてみたところ、全然相手にされませんでした。

間奏のところ、湯船の温度をはかる際に手を入れたりして熱すぎて”アッチ!、”アッチ!”と昔のR&B歌手のオーティスレディング風にシャウトしているところなんかはなかなか笑える部分となってます。(笑)この唄をなんとか

銭湯のテーマソングにしたい!

と思っているのですが難しいですかね?そういえば最近銭湯行ってないものな。久しぶりに行ってみたいな。音楽配信