月見

9月に入った。気づけばもう10日過ぎ、最近はまた蒸し暑いが8月ほどのこともなく、どこか空気が冷たく秋の気配が漂い始めている。これからだんだん冬に向かって行くのだろう。

ちょうど、この夏と秋の境目(さかいめ)に毎年、お月見のイベントがやって来る。ススキと団子をお供(そな)え物にして満月を愛(め)でるという十五夜のイベントだ。今年は9月の21日らしい。

最近は十五夜以外にも、スーパームーンとかいうものまであったりして、その違いがよくわからない。(笑)検索で調べると関連ページが出て来たりもするのだが、なんだか読む気にもなれなくて・・・、まあ今年の中秋の名月は9月21日ということでいいではないか。

実はこの9月21日に向けて、ウエブ上である仕掛けをしてみた。コロナが流行し始めた頃に作った「月」というアルバム作品のPRに、グーグルに広告を出しているのだ。(笑)

9月21日、十五夜を最終日に、”お月見”、”十五夜”、”中秋の名月”の3ワードを買って、そのページに”月を愛でながら聴く音楽/日本語のオリジナルソウル/YUKIOと一緒に唄おう”というキャッチコピーをつけて、アルバム「月」の各曲をダウンロードできるtunecoreのページにリンクを貼ってアドワーズの広告を出している。サブタイトルに、”十五夜のお月見のお供に!中秋の名月にはこのアルバムで決まり!”とか、なんとか付けていたりもする。(笑)

この広告を出すことによって、目に見える形で作品「月」が売れるとは思ってはいないのだが、自分が今かけられる予算の範囲内でやるべきことはやってみようと思ったのだ。

「月」を作った時には、その中の「藤の花」という曲を別にストリーミングでもきけるように別途配信して、ウエブ上のランディングページと言われるチラシを作って、そのページに誘導するようにグーグルにも今回同様の広告を打ったことがあるのだが、今回はランディングページを通すことなく、直接「月」のダウンロードページに飛ばすようにした。このtunecoreのページから、各音楽配信サイトのページに飛んで行ける形になっている。

「藤の花」の場合、藤(ふじ)の季節がゴールデンウイーク頃なので、その手前の4月後半に広告を出してみたのだが、終わりが曖昧と言おうか、いつからいつまでという期間が決まっていなかった。今回は十五夜ということで、9月21日までとはっきりしている。季節もので勝負というやつだ。

テレビでも、最近はマクドナルドやケンタッキーが十五夜に向けて、目玉焼きを挟んだ月見バーガーを前面に売り出しているCMをよく見かけるようになった。十五夜は国内では一大商戦なのだ。(笑)日本人にとってこの季節、月を愛(め)でるということは昔ながらの風習なのだろう。

特にこの季節の月見というのは、女の人の方が興味を持つもののような気もする。男はあまり、月だ!月だ!と騒いだりしない。ラテン語の名残(なごり)があるフランス語やスペイン語にしても、月や海は女性名詞だ。

この私が創った10曲入り「月」最後の曲、この作品と同じタイトル名となる「月」という曲の作成時の思い出を語りたい。この曲が思い立ったのは、昔、若い頃、この夏から秋にかけての季節に健康診断を受けて、初めて検査に引っかかった時だった。何の症状もないのに、まさか自分が再検査になるとは思っていなくて、いきなり自分の人生が真っ暗になったような気がしたのだった。もう自分は駄目なのかもしれない・・・と、そう感じた時、自分は無意識の内に心の中で母親を叫んでいた。街の中で母親を叫んでいたのだ。

太平洋戦争の末期に、戦場にかり出された若い兵隊さん達は最後逃げ場がなくなって、もうどうしようもなくなった時に、”天皇陛下バンザイ!”と言って自爆していったわけでなく、母親の名前を叫びながら死んでいったという話を聞いたことがある。その時の自分はまさにこんな気分だった。自分の人生が終わると悟った時、男は常日頃いくら強気な言葉を発しようと、最後はやさしかった自分の母親を想うのかもしれない。

そうした気分を子供の頃、母親と一緒に屋根に上って眺めた十五夜の思い出と重ね合わせて、この「月」という唄を創ったのだった。頭が仕事ばかりに行っていて、全然曲ができない時期だったのだが、不思議とメロディーが頭に浮かんだのであった。

こんな「月」という曲、今年の十五夜のお供にいかがですか?曇り空でなく綺麗な夜空の中で、餅つきしているウサギの満月を見れればいいな。天気予報はどうなっているのだろう?

音楽配信中

いまどきのライバーなYUKIO

ギター、ピアノ弾き語りのバンド化作業が終わってしまい時間ができてしまった。作品を3つに分けたのだが、これをどう形にしようか?と考えてたりもするのだが、その先にミニアルバム「青森」も形にしていない。ダウンロードだけは始めたのだが、どうせ誰も聴いてくれないだろうという予測も成り立つので、自分とすれば、そんな音楽配信というものだけでなく形として自分の手元に残しておきたいのだ。

いままではCDにして来たのだが、別にCDにこだわっているわけではなく本当はビニール盤のレコードとかカセットテープでもいいのだが、料金が高価で手が出せないのでCDにしているだけなのである。

最初、ギター、ピアノ弾き語り「YUKIO」、「YUKIO PIANO」は業者に頼んだわけでなくCD-Rを盤面印刷して、歌詞カードを入れて、紙ジャケットも自分でひどいものだがデザインしたり、知人を頼って制作してもらったりもした。バンド形態にした「COCOLO」からはCD-Rではなく、業者にデータを渡して、完全に音楽CDとして制作している。

大勢のお客様が買ってくれるという当てもないのに、こうしたことをやってきたのは、ひとえに自分の命の次に大切な作品を形にしておきたかったからだ。ダウンロードやストリーミングといったものは聴く側からすれば便利なものなのだろうが、やる側からすれば何も残らないと言おうか、やはり自分が生きた証(あかし)を形として、目に見える物として残しておけば、何か安堵感を覚えるのだ。

だから「青森」という作品も、ミニアルバムなのだが、CDかなにかの形にしたいと思っている。しかし、自分の頭の中にはこの音楽を創るという脳ミソとは別に、お金の算段をするまた自分の脳ミソがあって、ただ何も考えずに、当てもなくCDを作っても、金の垂れ流しになる、、、なにか違ったアイデアが無いものか?と日々考えるのである。いままでと同じ轍(てつ)を踏(ふ)んではいけない、、、と。ただ、何の形であれ形には残したいという思いがあり、どうしようか?と悩むのであった。

この「青森」の次の10何曲入りの作品も出来上がっている。1曲目の「ひまわり」という曲だけをとりあえずストリーミングで音楽配信してみたが、全曲を無料(ただ)で聴いてもらって何かが変わるのか?それであれば、誰にも聴いてもらえなくても何か形として自分の下(もと)に残しておきたいという気もするのである。正直、ヒットチャートなんてものはもう何十年も聴いてはいないし、家ではもう最近あまり音楽なんて、気に入ったものだけしか聴いてない。その中にいままで創ってきた自分の作品もあったりして、自分で楽しむだけでも十分なような気もする。なぜ、わざわざ金をかけてまで他人(ひと)に聴いてもらおうとするのか?

こう思う自分の心もあるのだが、一方で他人(ひと)に認められてなんぼのものじゃ!音楽の道を志した時、自己満足で終わらせてはいけない、趣味ではやらないと決心したではないか!という気持ちもあって、もともとは誰にも相手にされない音楽を、自分だけは信じてここまでやって来たではないか、最後まで道などなく、荒野しかないのかもしれないが、それでも筋を通せ!と、叱咤激励(しったげきれい)する自分の姿もあったりする。

とりあえず、いろいろ悩んだりもするのだが、最近は時間が空いたので、それを利用してネットでライブ配信を始めてみた。(笑)年甲斐もなく、いまどきのライバーなYUKIOなのである。(笑)前にこのブログでコメントを残してくれた人からライブ配信してみればとアドバイスを受けたのだが、作品のミックス・マスタリングの作業に時間をとられて1~2回やってそれっきりになってしまっていたものをまた再開した。

ニコニコ生放送というサイトで”小さな声のライブ”というタイトル名で夕方くらいに配信している。 ”小さな声のライブ” とは家が狭くて外に音が漏(も)れちゃうので、大きな声が出せず、ボソボソ唄うだけのライブになってしまうからだ。(笑)先週は結構、毎日のように配信した。

声が小さいので、お持ちのスマホやパソコンのボリュームを上げてね!と説明文も入れてあるのだが、まあ、あまり聴いてくれる人もいないし、自分もそんなに期待しているわけでもない。当然か。(笑)ただ、何となく、この”小さな声”というのは気に入っていて、コロナ前のライブをやっていた時にはいつもこんな感じで、部屋でボソボソ、ギターを爪(つま)弾きながら練習していた。まあ、このライブ配信は練習がてらという意味もある。(笑)本当は、曲を創る時はもっと声が小さくなって、コタツに足を突っ込み、あぐらをかいて、上手い歌詞が思い浮かべば、ノートに書きとって、ポロロ~ン♪とギターを弾くのだ。家族にも聴かれはしないかと、窓も扉もキッチリ閉めてね。(笑)この姿は誰にも見せられない。一人だけの時間、空間。他人(ひと)の気配がするだけで、もうすべてが台無しになるのである。(笑)

小さな声のライブ” の方は、背景も、白、黒、緑の布(ぬの)を上から吊るして、日ごとに変えたり、専用の照明もつけていたりもして、他人(ひと)から目線も一応は気にしながら唄っていたりする。ただし髪がボサボサ。(笑)このセッティングが面倒くさいのだが、頑張ってやるようにしている。

このライブ配信には上に書いたように、そんなに期待はしていないのだが、ニコニコ生放送ではこのライブ動画が何週間かウエブ上で残されるので、それを利用してnoteというサイトに、その日のライブ曲のセットリストをspotifyでつくって、感想と合わせて貼り付けて公開するようにした。

クリックするとページにとんでいけます。

こんな感じで、このブログとはちょっと違った形で、くだけた感じで文章を書いてたりなんかする。(笑)ライブは小さい声なので、大きな声で聴きたい場合はspotifyのリストで聴いて下さいとかなんとか主張したりするのだ。(笑)

また”小さな声のライブ” をする度(たび)に、 spotify にリストを作るのだが、そのリストに鳥の名前をつけるようにしている。上のページでは、ツグミだし、他にシジュウカラだとか、ヒヨドリだとか、適当に名前をつけてアップしている。なぜこんな鳥の鳴き声をつけたのかといえば、自分は鳥のさえずりを聞くのが好きで、鳥の鳴き声といっても注意してよく聞けば、千差万別おなじさえずりなんかはなくて、まちまちなのだ。

自分の曲も、曲順を変えるだけで全然聞こえ方が鳥の種類のように違ってくると思い、同じ曲群でも、その連なりが違えば、違う響きが聞こえる。こういう楽しみ方があっていいんじゃないかと思ったのである。今日はツグミのようにさえずったし、明日はシジュウカラのようにさえずるぞ!と感じると、なんだか毎日おなじ曲を唄うにしても全然気持ちが違ってくるといおうか、楽しくなってくるのだ。

一応、”YUKIO 小さな声のライブ セットリスト”として、いままでのセットリストはnoteのマガジンとしてまとめられているので、興味のある方がいるかはわかりませんが、のぞいてみませんか?

クリックするとページにとんでいけます。

noteにはこの ”小さな声のライブ セットリスト” だけではなくて、いくつか自分が書いて来た文章をまとめたマガジンが無料で読めたりもする。”木曜のともだち”から”最後のともだち”まで8本の私のかつての友達との思い出話をまとめたものとか、こちらを読んで”ともだちがほしいよ ver.2”の動画を見ていただければ、更に楽しいかもしれない。

ただしこの動画をニコニコ動画に上げたら、「目がラリってて、危ない人~?」みたいなコメントが入っていたりもした。(笑)世の中がおかしいのか、自分がおかしいのか?よくわからない。(笑)おしまい。

音楽配信中!

「ひまわり」音楽配信はじめました。

ミニアルバム「青森」の音楽配信、YUKIOストアでのオリジナルCD販売と、立て続けに行動を最近起こしたのですが、実はあともう一つあって、「ひまわり」というシングル曲の音楽配信も別に始めました。今回はこちらの話をさせていただければと思います。

「青森」に入っている5曲はダウンロードでしか全編聴けなくなっているのですが、「ひまわり」の方はストリーミングでも聴けるようになっています。ですのでスポティファイアップルミュージックラインミュージック、あるいはレコチョクでも、みなさんのお気に入りのストリーミングサイト上で聴けますので、ぜひ聴いてみませんか!?もちろん無料ですよ。ダウンロードもできます。

「ひまわり」をなぜ、「青森」とは別にストリーミング配信したかの理由をまず語らなければなりません。別にそんな大した理由もありませんが(笑)、配信を依頼しているtunecoreさんからなぜだかアルバム、シングル、動画を1年間配信無料サービスというメールが来たので、急いでアップしただけなのでした。(笑)

「青森」という作品はもう2,3年前に出来上がっていて、いずれは音楽配信したいと考えていたので、今回ちょうどいいや!と思いアルバム配信を決め、動画も1本無料ということだったので、「青森」はダウンロードだけなので、どうせ誰も聴いてくれないだろうと考え、1曲くらい全編聴いてもらうのもいいかと思い、急ぎ「青森」1曲目の「船」という曲の動画を制作しアップしたのでした。

そしてシングルの方はどうしようかと、いろいろと思いめぐらしたのですが、実は「青森」の次の作品、10何曲あるのですが、そちらももう出来上がっていて、いずれはCDを作って、ダウンロードだけの音楽配信を考えていたのですが、今回思い切ってその中の1曲をストリーミング配信してみようと決断したのでした。それが「ひまわり」という曲なのです。次の作品の1曲目に入っている唄です。

ダウンロードだけの強気の考えをなぜ撤回したかというと、簡単で、みなさん誰もダウンロードしてくれない、前回のようにオリジナルCDを買ってください!と、いくら強気な発言をしても、誰もそんなこと、耳をかしてはくれないのですよね。(笑)であるならば現実を直視しなければならないと思い、苦渋(くじゅう)の決断だったのですが、考えを改めたのでした。ただし、誰にも相手にされなくても自分の主張は最後まで通したいという気持ちは今も変わりはありませんし、事を重ねるごとに、あきらめずに、しつこくアピールしていきたいとは思っています。応援してください!できればアルバムで買ってね。(笑)

ミニアルバム「青森」はダウンロードのみ、「ひまわり」はストリーミングでも聴けるようにして、どういう数字が出て来るのか見てみようと思ったのでした。もはや音楽というものがストリーミングのサブスクリプション(定額)サービスにとって代わられるものなのか?どうなって行くのかはわかりませんが、ダウンロードのようにまとめて曲をアップするよりも、ストリーミングが主流となるのならば、ある程度頻繁(ひんぱん)に新しい曲をアップして、自分のアーティストページを更新していく方法の方が聴いてもらえる可能性が高いような気もするので、今回を機に毎月新しい曲をアップするというのも一つの手なのかなとも考えていたりなんかもします。

ただ、そんな毎月新しい曲をアップして無料で聴いてもらっても、長くは続かないだろうし、音楽配信業者がこうした考え方を煽(あお)っているだけのような気がしないでもありません。次に予定していた10数曲の作品を、1曲目から順番に、月ごとにアップして行って、1年間だけストリーミングで聴いてもらって、終了した後にCDを作ってもいいかな?とも思ったりもするのですが、それでも配信が終わるのは2年後くらいになるし、はたしてそれで合計でどれくらいの人が聴いてくれるのかも想像がつかないのです。それなりの配信料もかかったりするので、対価に見合ったものになるのだろうか?まあ、CDを制作するのに比べればかなり安価なのですが・・・。悩みどころなのでした。

ただ、言えることは、

今のままでは何も変わらない

ということです。

同じことばかりをやっていても仕方がない、、、発想を変えなきゃ、、、このブログを書いていく内に、なんだか、やってみようかなという気持ちも芽生えてきました。残りの自分の人生の時間を考えたら、やるしかない。

自分の心情ばかりを語ってしまいましたが、この「ひまわり」という唄の内容も語っておかなければなりません。この唄は前の家に引っ越して来た矢先に思いついた唄で、音楽構造的には前に創った私の作品に比べればすごく単純でわかりやすいです。ですので登録ジャンルをJ-popにしました。はたしてこの曲がJ-popかどうなのかはわかりませんが。(笑)ちなみに「青森」の方は演歌で登録してあります。(笑)

この曲を思いついた時に、何か”はじまり”の雰囲気を感じて、いずれ完成した場合は作品の1曲目にしたいとずっと無意識中で思って来ました。現実は上記の通り、まだ他人(ひと)の目には触れてませんが、私の次の作品の1曲目に落ち着いたので不思議な縁(えん)を感じたりします。

そして、井の頭公園で唄っていた時、家族がたまたま近くで聴いていて、「その曲はじめて聴いたけど、いいんじゃないの!」と言ってくれた曲でもあって、歌詞の内容は、生きることは辛いことばかりなのだけど、わずかな希望の灯さえあれば何とかなる、背中を丸めないで、日に向かって咲くひまわりのように背筋を伸ばして堂々と生きよう!という人生の応援歌になっています。コロナ禍前の、井の頭公園祭りでステージに上がって唄った歌でもあるのであります。(笑)

「ひまわり」ぜひ、聴いてみませんか! 音楽配信中です。