YUKIO音楽ライブにいらっしゃいませんか!

先週水曜は阿佐ヶ谷チェッカーボードというブルースバーでライブやりました。その時の模様をお知らせしようと思います。

今回ははじめの方(ほう)でハーモニカを入れた曲を続けて、後半に今まで人前で唄ったことのない新曲を1曲もって来ました。相変わらずお客様いませんで、その日対バンになっている方(かた)二人だけだったのですが気にすることなく唄って来ました。対バンの人も基本お客様だと思っているのでCD売ってますというチラシを忘れず配(くば)るようにしています。

自分の音楽を聴いて良いと思ってくれない限り買ってくれないと思ってますので、チラシはライブの前に必ず配ります。唄ってる途中から来るお客様もいるのですが、その場合は見込みがないとみなし配りません。今回は一人だけでした。

曲目リストを上げると、1.天国キス、2.崖っぷち、3.ボクはモグラ、4.仕事帰りの道すがら、5.チュウ チュウ チュウ、6.間違ってない、7.ハイ という順番で唄ってます。

アコギの弾き語りで唄ってますので、ユーチューブに似た動画がある曲はリンクを貼っておきました。興味湧いてくるようであればご覧になっていただければ嬉しいです。

4曲目の「仕事帰りの道すがら」という曲は私の 代表曲の一つだと思っていて、いつもピアノ弾き語りで唄うのですが、最近はギターでも唄うようになりました。

そして6曲目の「間違ってない」という曲が今回メインのはじめて人前で唄った曲で、かなり構成がむずかしい曲になっていまして、ちゃんとできるのかな?と心配してたのですが案の定ボロボロの出来になってしまいました。トホホといった感じだったのですが、後日録画した動画を見返したところ、そんな悪くない、伝えたいニュアンスは伝わっているのではないかなとも思った次第です。

ただこの曲は難しいコードを使っているので、アコギでは弦が硬く指が疲れちゃって動かなくなったので、次回は弦が柔らかいエレキギターで再度チャレンジしてみたいと思ってます。

今回のライブも、こうして恙(つつが)なく平穏無事にいつもとなんの変わりもなく終わってしまったのですが、音楽の中身はものすごく濃いものをやってると思っております。ユーチューブの動画を見てもし気に入っていただければライブ観に来ませんか?口は余り上手じゃないですけど、このブログをネタにお話しでもしてみませんか。料金は音楽チャージ500円と飲み代です。

いつかお会いできることを楽しみに、来月もがんばります。音楽配信

ファンクの帝王ジェームス・ブラウン氏に捧ぐ

自分でオリジナルの曲つくって何十年、誰にも相手にされず何十年。(笑)しかし、いまだに自分の中じゃ世界のどこにもない曲を創ってると思ってる。オリジナルといっても本当に0(ゼロ)からなんて創れるはずもなく、必ず誰かの影響を受けているものです。今回は私が誰に影響を受けたかすぐにわかってしまう”いちごジャムROSE”という曲を紹介したいと思います。

曲の内容はわけのわかないシュールなものになっていまして、猫のニャンコ1号と2号が登場してきて、いいことしてる最中に邪魔をするなとか唄ったりなんかして、”1号”と”いちご”で韻(いん)を踏んで”いちごジャムろ~ぜ!、いちごジャムろ~ぜ!”と叫んで、録音した作品では”ぜ”のところだけをハモったりもしています。

昔、若い頃住んでたアパートの1階の部屋に夜中、子猫がどこから入って来たのか”ニャー、ニャー”言って私になついてくるので、そこからヒントを得てこの曲を創ったのでした。そういえばあの頃不思議な出来事がいっぱいあって、夜玄関の横の草むらで見ず知らずのおじさんが倒れていて救急車を呼んだこともありましたっけ?

そしてこの曲最大の特長(とくちょう)がコード=和音、進行がひとつしかないということです。普通、歌ものでは3コードといって最低でも三つくらいはコードを使うのですが、この曲はたった一つ。なんでこんな唄が出来たかといいますと、その当時私はアメリカのある黒人歌手の音楽をよく聴いていまして、彼と同じような1コードの曲をつくれないかとずっと思っていて、ようやくできたのがこの曲でした。

彼とは誰だって?そう聞いて驚くなかれ!レディース・アンド・ジェントルマン!じゃじゃじゃーん。彼の名は、キング・オブ・ソウル!ジェ~ムス・ブラ~ウン!!!!!

そう、ジェームス・ブラウン(頭文字だけでJ・Bと呼ばれる)が1コードの曲をよくやってまして、いわゆるファンクミュージックというやつでそれに影響を受けたのです。

もう死んでしまいましたけれど、日本では昔カップヌードルのCMに出ていて”ミソッパ”のオジサンで知られていたり、本場アメリカではソウルの帝王とか、ヒップホップで死ぬほどパクられていたりとかものすごく偉大な人で、私も例に漏(も)れず若い頃多大な影響を受けたのでした。

コンサートにも行ったことがあって、確か代々木かどこかで観ましたが、その時はもう齢(とし)で終わり30分くらいで登場してきて、ちょこっと唄って最後有名なマントショーをやって舞台袖に去っていきましたけど、私なんかは生(なま)のJBのマントショーを見られただけで感動ものでした。

1コードの曲というのは日本語の有名な歌では聴いたことが無く、日本人はたぶんこうしたファンク音楽というのは余り好きではないのかもしれません。しかしJBの音楽の革新性にいまだに時代は追いついてないと思ってます。

JBの誉め言葉ばかり並べてしまいましたが、単に1ファンとしてだけではなく、”いちごジャムROSE”という曲はJBファンクを私なりに消化した唄だと思っています。JBの曲と聴き比べてもらえればわかります。”いちごジャムROSE”と同じ曲は無いですから。ぜひ私なりの日本語ファンク聴いてみませんか?音楽配信

音楽の魔法のからくり

ユーチューブに上げている自分の曲の中でタイトルに”魔法”とつく唄が2つばかりあって、数はたかだか知れてるのですが、なぜかこの2曲が他の曲に比べてアクセスが多くなっています。自分が想像するにこの”魔法”という言葉が検索されやすいのではなかろうかと思っていて、曲の中身とかは余り関係がないような気がします。

同じように”火の玉”という曲もアクセス数があったりして、”魔法”とか”火の玉”とか何か人間がつい興味を持ってしまいそうな、現実にあるのかないのかわからないこうした怪しげな現象をみなさん言葉で検索するのかもしれません。

ただ音楽と魔法は結構切っても切れない関係と言いましょうか、有名なミュージシャンがインタビューとかで自分の曲の制作過程を語る時、神が降りてきて、魔法がかかったようにメロディーが浮かんできたとかよく言ってたりして、実は私も同じような言い回しをするので、これはよろしくないと言いましょうか、できれば止(や)めたいのですがこういう風にしか言いようがないのです。

しかし客観的、第三者的に冷酷な目でみると、”なに格好つけた言い方してるんだよ!”と思ってしまうのが普通ではないでしょうか。そうです私は格好つけてるのです。(笑)申し訳ございません。

何年か前に教育テレビの障害者番組で自分のオリジナル曲をつくって唄っている女の子が出ていて”自分には音楽の魔法がかからない~♪ 音楽に魔法なんてないよ~♪ 音楽に魔法なんてない~♪”と、こんな感じで唄ってまして、すごく衝撃を受けたといいましょうか、そうかこんな表現もありなんだと感心させられた思い出があります。彼女がデビューしてたのかどうなのかはわかりませんが、テレビでこんな唄、披露(ひろう)できるなら彼女には十分音楽の魔法がかかっていると思いました。

このように少し私は格好つけたもの言いをするのかもしれません。とあるライブで、お医者さんと看護婦さんが組んでいるバンドと一緒になった夜があって、そのお医者さんは精神分析医らしく私の唄を聴いた後、どんな状況の時にそんな曲ができるのかと訊かれて、上記のように周りが絶望的な環境になった時とかに自然と頭にメロディーや歌詞が聞こえて来たりすると答えると、それは自己癒(いや)しになっているんだと言われたことがあります。

”銀座モード”という自分の曲があって、その曲の基は一番最初ピアノで思いついた唄なのですがその当時あまりに難しくていつかは弾きたいと思っていたのですがピアノで弾くことを諦めてギターの弾き語りで唄っていたところ、そのお医者さんに見抜かれてその曲はギターでやるのもいいけどピアノでやった方がもっと映(は)えるとアドバイスされたりもして、それ以降頑張ってピアノで弾けるようにもなって、あながちそのお医者さんが言うように自分の唄は自己癒(いや)しになっているのも間違っていないような気もします。

音楽に魔法があるかどうかはわかりませんが、メロディーが空から降りてくるのを待っていても仕方がありません。あるのかないのかわからない魔法を信じるより、せめて努力だけでも忘れず続けたいものです。魔法と言えば魔法なのでしょうし、自分の努力の結果とい言えば努力の結果なのですから。音楽配信

雨の音

今朝も雨だ。梅雨(つゆ)の時期、気づけば雨が降っている。今年は雨の日が多いような気がする。

雨の音にじっと耳を澄ませたことがあるだろうか?私は結構夜中に目が覚めた時トイレの中で雨が降っていると寝ぼけた頭にその音が聞こえて来たりする。ポツリ、、、ポツリ、パタン、ドンドン、、タン、、、

と、よく聞けばそれは小粒の水が様々な場所に落ちて散っていく打楽器の音なのだ。そして場所によってもその音は微妙に違っていて、トタン屋根に落ちるとパタン、パタンと高くはっきりした音、アスファルトの道路に落ちるとピシャ、ピシャ小さな音のように、聞き分けようとすると際限がない。

ただ解るのは、そうした雨の音というのは不規則で一定のリズムでは落ちてこない。ポツリ、、、そのあとワン、ツー、スリー、フォーのカウントをとろうとしても無駄で、どこか違うところでパタン、、、とか、ピタンとか、ピチャとか、予想だにできないところで音が鳴っていて、頭で計算のしようがない。

不規則な音なのに、雨の音を聞いているととても気持ちが落ち着く。なぜだろう?やはり雨粒が落ちる間(ま)を聞いているのかもしれない。ポツリ、、、とポツリ、、、の間(ま)の静けさを。

車や電車、飛行機まで何でもいいのだが、今の時代において人が使う道具が出す音というのは故障してない限りすべて規則正しい音を出している気がする。規則があるからこそ人間は安心してその道具を使うのだろうが、私自身はそうした音が余り好きではない。公園で鳥の鳴き声や海のさざ波の音を聞いていた方がいい。

唄もそうで、齢と共にだんだん規則が決まっている音楽に興味が無くなってきてしまった。かと言って不規則な唄なんて誰も聴いてくれないだろうしな。

雨が少し止んできた。雨の静けさの中で黙考する時間。不規則な雨音はよく聞くとやはりドラムだ。ピッチも決まっていない不規則なリズム。なぜか心が落ち着く。2019.梅雨。音楽配信